第649話 芸術家ボンジュール1(5)
「『芸術家』、もっと警戒した方がいい。奴は怪人だ。いったい何をしてくるか分からないぞ・・・・」
影人が心の内でソレイユと会話したり思考していたりすると、守護者と思われる少年が最大限に警戒したような視線を影人に向けて来た。茶髪の短めの髪のその守護者は、両手に短剣を構えている。
「そう身構えるものではないよ君。彼が私たちを攻撃してこない限りは、彼は理解すべき友なのだからね。それにしても・・・・・・・・君の中は凄いねスプリガン。ただ真っ黒な闇だけが広がっていて、何も見えない。こんな事は初めてだよ。いいね、いいねえ! 君に興味が出て来たよ!」
「ッ・・・・・?」
光導姫『芸術家』は唐突に影人にギラついたような視線を向けて興奮しだした。先ほどのどこか大人な態度と雰囲気はどこのその。影人は急に雰囲気が豹変し訳の分からない事を言い出したロゼに、一瞬戸惑ったような表情を浮かぶた。
「君のその闇を描けばその先が見えるのかな? ああうずうずして来たよ! こうしちゃいられない! すぐに君という存在の本質を描かねば! 来たまえ、私のキャンバス!」
ロゼが変わらずに興奮したようにそう声を震わせると、虚空から突然四角形の白い何かが現れた。ロゼはその白い何かを左手で引っ掴むと、腰エプロンに収納されていた筆を一筆右手で引っ張り出した。
「『色』、黒!」
ロゼがそう言うと、右手の筆に黒い光が宿った。これでロゼの筆の色は黒となった。ロゼは右手の筆を、左手に持っていた白い何かに走らせていった。
「ふふふふふッ! ああいくら見てもいくら描いても見えないよ! 楽しいな! 創作意欲が湧くなぁ!」
(な、何だこいつ・・・・・・? 何か薬でもキメてんのか? 完全にヤバい奴じゃねえか・・・・・・・・)
ロゼの様子を見た影人は内心完全に引いていた。今のロゼは興奮した感じで鼻息も荒くしており、影人と左手に持っている何かを交互に見つめながら筆を走らせている。ぱっと見、ただの変態にも見えなくはない。
「お、おい『芸術家』? 急にどうしたんだ・・・・・・・・?」
そんなロゼの様子に疑問を覚えたのはどうやら影人だけではなかったようだ。ロゼの近くにいた守護者の少年がそうロゼに問いかけた。その表情はけっこう引き気味だ。
「悪い少し黙っていてくれないか? 今は集中してるんだ」
しかし、けんもほろろといった感じでロゼは守護者の少年にそう言葉を返しただけだった。ロゼは一心不乱にただ影人に集中し何かを描いている。
『影人、転移の準備が整いました。ロゼは・・・・・って興奮モードに入ってますね・・・・・・・影人、悪い事はいいません。その場から逃走してください。あの状態のロゼは正直制御不能です。逃げ切った所であなたを転移させますから』
(何が何だか分からんが・・・・・それは分かった!)
何かを諦めたようなソレイユの声を聞いた影人は心の中でそう言葉を返すと、右手を虚空へとかざした。すると闇色の四足歩行の生物――闇で創造した馬が出現した。影人はその馬に跨り手綱を握ると、馬を走らせた。




