第647話 芸術家ボンジュール1(3)
『さあ、そればかりは私にも分かりません。ただ、レイゼロールは何らかの情報を元に、この広場を訪れたのでしょう。ですが、その情報が不確かであったため、すぐに退却した・・・・・・それ以上の事は分かりません』
「そうか・・・・・・・それはそれとして、俺何気に今日初めて外国に来たんだよな。しかも転移で来たからその実感はねえし・・・・初めて訪れた外国の地がパリ。しかも不法入国と来たもんだ。こいつは一生忘れない記憶になるぜ・・・・・」
ソレイユの声に頷きつつも、影人はそんな事を呟いた。影人はソレイユから「レイゼロールがパリに出現したから、スプリガンとしてレイゼロールの邪魔をして欲しい。もしかしたら、また何か目的物を探しているのかもしれない」と言われ、パリに転移した。なので影人からしてみれば、10分ほど前まで日本にいたのに今はフランスにいるという状況なわけで、今パリにいるという実感がないのだ。ただ、日本とは明らかに違う西欧的な美しい街並みがこの場所が日本ではないという事を示している。
『あ、そうでしたか。それは初めての感動を奪ってしまいましたね。すみません』
「いや、そういうんじゃなくてだな・・・・・まあ、いいや。取り敢えず今日の仕事も終わったし、さっさと転移させてくれ。明日も普通に学校だし、朝早いんだよ」
周囲に人がいないという事もあり、影人は普段通りの口調でソレイユにそうリクエストした。影人のその言葉に、ソレイユは申し訳なさそうにこう言葉を述べた。
『すみません影人。もう少しだけ待ってください。長距離間の転移は準備に少し時間が掛かるんです。フランスから日本。これほど離れた距離の転移はかなりの力を消費するので』
「そうなのか? ああ、もしかしてその国にいる光道姫が基本的にその国で戦うのはそれが理由か? 前から軽く疑問だったんだよな。何で闇人どもの相手とかに、例えば1位の聖女サマとかが出てこないのかって。だって聖女サマは最強の持ち駒だろ? こっち側の最強を闇人どもにぶつければ、勝率は1番高いじゃねえか。なのに何でそうしないのかってよ」
その説明を聞いた影人は、1人でにそう納得した。なるほど、長距離間の転移にそれほど力を消費するなら(といっても、影人はソレイユのその辺りの事情は分からないが)、その疑問にも説明がつく。
『そうですね。基本的に国を超えるような転移はいま言ったようにかなり力を消費します。私でも1日に2回くらいが限界です。しかもそれを行うと普段の距離間の転移も出来る回数が減るので、私は滅多に長距離間の転移はしません。あなたの推察の通りです』
ただし、ヨーロッパのように国の距離が近い場合は転移の距離間はそれ程ではないので、普通の転移とあまり変わらないという例外もある。逆に日本やイギリスといった島国の場合は更に力の消費が激しい。と、ソレイユは付け加えた。なるほど、であるならば日本からフランスへの転移に、ソレイユはかなりの力を使ったのだろう。
「事情は分かった。なら、俺は異国の光景をこの目に焼き付けて――」
ソレイユの転移の準備が整うまで、影人がこの美しい広場の光景に意識を向けようとすると、足音が聞こえてきた。音からするに2人分だ。




