第646話 芸術家ボンジュール1(2)
「・・・・・あの山以来だな。お前が我の前に現れたのは。2度と見たくはなかったな、貴様が生きている顔は」
「・・・・・・俺の死に顔なら見たかったってか。残念だが、お前が俺の死に顔を見る事はない。永遠にな」
広場で邂逅した2人の黒が物騒極まりない言葉を交わす。レイゼロールとスプリガンの目に宿るのは、ただただ冷たさのみだ。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
2人の間に沈黙が横たわる。そして次の瞬間、その片方――スプリガンが瞬時に右手に闇色のナイフを創造しながら、神速のスピードでレイゼロールへと切りかかった。『加速』と瞬間的な身体能力強化の力だ。
「ふん・・・・・」
しかし、影人の一撃がレイゼロールを切り裂く事はなかった。
「ッ・・・・!?」
なぜならば、ナイフはレイゼロールの肉体を霧のように、煙のようにすり抜けてしまったからだ。そう、まるで幻影のように。
レイゼロールは、陽炎のように揺蕩いながらその場から流れた。そして、レイゼロールは影人から離れた位置に移動し再び現れた。
「・・・・・・あの女の闇人の技か」
「・・・・・幻影化。殺花の奥の手の1つだ」
ナイフを持ちながらレイゼロールを睨みつける影人に、レイゼロールはそう言葉を返した。
「・・・・カケラもないのに貴様とやり合う気はない。さらばだスプリガン。いずれ死すべき者よ」
レイゼロールは続けて影人にそう言うと、自身の影に沈みその姿を消した。その後、レイゼロールが沈んだ影も消える。
「ちっ・・・・・・逃げやがったか」
影人はナイフを虚空に溶かしながら軽く舌打ちした。別に影人もレイゼロールと本気でやり合うとは思っていなかったが、こうも拍子抜けだと舌打ちの1つもしたくなる。
『お疲れ様です影人。怪我などはないですか?』
レイゼロールが姿を消すと、影人の脳内にソレイユの声が響いた。
(見てたなら分かるだろ、大丈夫だ。それより、レイゼロールの奴はすぐに引いたがこれでよかったのか?)
影人は自分の視覚と聴覚を共有していたであろうソレイユに、声に出さずにそう言葉を返した。影人の言葉にソレイユは『はい』と影人の確認を肯定した。
『どうやらレイゼロールは何かを探しているようですが、レイゼロールの言葉と反応からするに、今回は目的物はなかったようです。ならば、レイゼロールの阻害という私たちの目的は果たされた事になりますから』
やはり影人の視聴覚を共有していたソレイユが、影人に対してそう答えを返した。影人はソレイユのその返答に頷くと、今度は肉声でソレイユにこう言った。
「・・・・・了解だ。だが・・・・レイゼロールの奴はこんな場所で何を探してやがったんだろうな? あいつはカケラがどうのって言ってたが・・・・・・・だってここ・・・・・・・パリだぞ?」
影人は周囲を見渡した。なぜか人の姿は見えないがここはフランスの街中、かの有名な芸術の都――パリだ。正確には、パリ1区にあるヴァンドーム広場。円柱の上に立つナポレオン像が有名なこの広場が、影人が今いる場所だ。




