第645話 芸術家ボンジュール1(1)
「・・・・・・・・今回もはずれか」
夜の闇に紛れるような西洋風の喪服を纏った白髪の女性――レイゼロールは、目の前の円柱の上に立つ男の像を闇で強化した眼でジッと見つめると、そんな言葉を漏らした。その言葉と同時に、レイゼロールのアイスブルーの瞳に宿っていた闇も消えた。
9月5日水曜日、午後8時過ぎ。人気のない広場の中心近くにレイゼロールはいた。吹く風はカラリと乾いていて、ほんの少しだけ冷たさをはらんでいた。
(これで4件連続・・・・・・しかし、響斬を責める事は出来ないな。響斬はただカケラに関する全ての噂を我の為に探し伝えてくれているだけだ。情報がないよりはまし。真偽も我が確かめればよいだけだ)
――ヴァンドーム広場のナポレオン像の右目には黒い宝石が埋め込まれている。
レイゼロールがこの広場に現れた理由は、響斬からもたらされたその情報が原因であった。3日ほど前、またシェルディアを経由して響斬からカケラに関する噂、その情報がもたらされた。レイゼロールはこの3日間の間、世界各地を回りその情報の真偽を確かめていたのだが、今までの情報は全てはずれであった。
そして、レイゼロールがいま視力を強化してその像を確認してみたところ、円柱の上の像の右目には黒い宝石どころか何も埋め込まれてはいない。所詮は噂だったようだ。
(・・・・であれば、もうここにいる必要はないな。この街は、色々と空気が安定しない街だ。敏感な者なら・・・・・・・・ソレイユなどには、いま我がこの場所にいる事がバレている可能性がある)
レイゼロールは自分の体に一瞬視線を落としながら、周囲を見渡す。この街、正確にはこの都市は釜臥山のように気配隠蔽の力が安定しない。釜臥山のように、そこに入れば完全に気配隠蔽が解除されるという程ではないが、この都市は気配隠蔽の力が一瞬解除されたりする事がある。まあ多くの場合はすぐに効果が復活するが。
この都市がなぜそのように力が安定しないのかは、レイゼロールには分からない。ただ言えるのは、世界にはそのような場所がけっこうな数存在するという事だけだ。そして、この都市もまたそんな場所の1つだというだけだ。
「っ・・・・・・!?」
響斬の情報がはずれだと分かったレイゼロールは、すぐに転移をしようとした。この都市は気配に関する力こそ不安定になるが、移動に関する力は安定している。ゆえに釜臥山とは違い転移は可能だった。
しかし、レイゼロールがこの場を去ろうとした時にある人物がこの広場へと現れた。レイゼロールの目の前に、疾風のような速度で駆けながら。
そしてその人物はレイゼロールの姿を確認すると、レイゼロールから少し離れた場所に立ち止まった。その金の瞳を、レイゼロールに向けながら。
「・・・・・スプリガン」
「・・・・・・・・よう、レイゼロール」
レイゼロールの目の前に現れたのは、金眼の黒い外套を纏った怪人だった。レイゼロールから忌々しげに名を呼ばれたその男は、レイゼロールの名を呼び返した。




