第644話 光と影は、交わらない(5)
「・・・・・・・・・・あんたは妹と知り合いなのか、朝宮」
取り敢えず、影人は陽華に対する第一声をそんな言葉にした。内心は未だに驚いているし、この突然の状況にどう対応するか考えている所だ。そして、そのためには多少の時間がいる。ちなみに影人は陽華と穂乃影が知り合いという事は知っているが、敢えて知らない程でそう言った。
「はい! 妹の穂乃影さんと前に話した時に、お兄さんが風洛にいるって聞いて、しかも同学年みたいだから1度会ってみたいって思ったんです!」
「そうか・・・・・」
影人の言葉に陽華は明るくそう答えた。影人からしてみれば、全く最悪でふざけた理由である。
(まさか、向こうの方から関わってくる日がくるとはな・・・・・・・さて、どう対応したもんか。普通なら香乃宮みたく不自然で理不尽だが、完全に拒絶の態度を取るところだが・・・・・穂乃影関連となると、そんな態度は取りづらいな)
内心、影人はそう呟いた。もちろん陽華と関わるつもりはないが、妹の穂乃影と知り合いとなると光司と同じような態度は取りづらい。穂乃影の兄は嫌な奴だとなってしまえば、穂乃影の事も悪く思われてしまうかもだからだ。
(まあ、朝宮に限ってそんな事はないだろうが・・・・・・いや、でもこれがきっかけで恒常的に関わる事になったら最悪だ。やっぱり、ここはビシッと言うしかないな。それも・・・・・・・・正体不明の怪人、スプリガンを演じる俺の仕事の1つだ)
影人は数瞬の間少し迷ったが、陽華にどう対応するかを決めた。光司と陽華は少しの間黙っていた影人に「どうしたのかな?」的な目を向けて来ていたた。
「・・・・・・妹とお前が知り合いなのは分かった。だが・・・・・・・・・・・俺はお前と関わるつもりはない。知り合いになるつもりも、馴れ合うつもりもな」
考えの末、影人は拒絶の言葉を陽華に放った。
「あ・・・・・・な、何か気に障っちゃいました・・・・?」
影人から拒絶された陽華は、少しギクシャクとしたような笑顔を浮かべながらもそんな事を聞いて来た。陽華の隣にいる光司も、まさか陽華までもこんなにキツく拒絶されるとは思っていなかったのだろう。驚いたような顔になっている。
「・・・・・・・・・平たく言えばそうだ。風洛の名物コンビの1人。俺はお前の存在が気に入らねえ。あと、敬語はやめろ。同じ学校の同級生から敬語を使われるのは、どうにも気持ち悪い」
影人は陽華に向かってかなりキツイ言葉を浴びせた。さすがの陽華も、その言葉にはショックを受けたような表情を浮かべた。無理もない。誰だってそんな言葉を聞かされれば、ショックは受ける。
影人はそのままショックを受けている陽華の隣を横切った。そして数歩進んだところで、背を向けた状態で立ち止まる。
「・・・・・・・・・・・今お前を拒絶しといてなんだが、どうか妹とはこれまでも変わらずに接してくれ。妹は俺みたいな気難しい奴とは違う。まあ、俺みたいな奴の事はさっさと忘れることだ」
「え・・・・・・?」
陽華がそんな声を漏らす。だが、影人はそれ以上は陽華とは何も言葉を交わさずに、賑やかな声で満たされている廊下を歩いていくのだった。
「だ、大丈夫かい朝宮さん? ごめんよ、きっと僕がついてたから帰城くんの機嫌が悪かったんだと思う。誤解してほしくはないんだけど、彼は本当は優しい人で――」
光司がなぜか弁明するように、陽華にそんな事を言ってくる。
だが、陽華はもう既にそんな事は分かっていた。
(あの人・・・・・・・あんな態度だったけど、本当は優しい人だ。じゃなきゃ、最後にあんな事は言わない)
優しくない人なら、自分の妹の心配などはしない。つまり、あの前髪の異様に長かった少年はただぶっきらぼうな態度をとっているだけだ。
「・・・・・・・・・不思議な人」
気がつけば、陽華はそんな言葉を呟いていた。
この日、陽華は帰城影人という少年の事を知った。
「・・・・・ったく、どれだけ関わるまいと気をつけてても、向こうの方から関わって来られちゃどうしようもねえだろ・・・・・・・・・」
風洛高校を出て1人で帰路についていた影人は、そんな愚痴をこぼした。周囲には自分と同じように帰路についている風洛の生徒の姿も見えるが、誰も影人に注目などはしない。まあ、それが普通だ。
「・・・・・・それでも、俺のスタンスは変わらねえ。もしもの事態にならないために、俺はあいつらとは関わらない。・・・・・・・・・・光と影は、決して交わらない」
関わらないために、影人は一方的に光司を、陽華を拒絶する。それが影人が決めた事。
「・・・・・・・・だが、邂逅はしちまった」
そう。それでも光と影は邂逅してしまった。あの路地裏で偶々ぶつかった時とはわけが違う。真正面から言葉を交わした正しい邂逅だ。
それが果たしてどのような意味合いを持つのか。そればかりは影人にも分からない。影人が望むと望むまいとに関わらず運命は巡り、動くのだ。全く以て、理不尽な事この上ない。
未だに燦然と輝く太陽をチラリと見上げながら、影人は面倒くさそうにそう呟くのだった。




