第642話 光と影は、交わらない(3)
「えー、朝にも軽く言ったが9月に入ったら文化祭の準備で激忙しくなる。文化祭のクラスの出し物は、明後日辺りに決めるからそこんとこはよろしくなー。以上、終わりだ」
紫織はそう言って帰りのホームルームを20秒ほどで終わらせた。相変わらずクソやる気のない教師だなと影人は思ったが、まあ生徒側からすればその方がありがたいのは事実だ。その証拠に、影人のクラスの生徒たちは皆嬉しそうな顔で席を立っていく。
「・・・・・・・俺も帰るか」
影人は学校用の鞄を持って、自分の席を立った。今日は影人はクラスの掃除当番に当たっていない。ゆえに帰宅部の影人はこのまま自由な放課後を迎えるだけだ。
「さてどうすっかな。帰りどっか寄るか? それとも真っ直ぐ家に帰ってだらけるか・・・・・・」
ブツブツと独り言を呟きながら、影人は教室を出た。教室を出る際、影人の独り言を聞いた一部のクラスの者たちは、表情にこそ出さなかったが「また何かブツブツ言ってるよ・・・・・」と内心ドン引きしていた。このクラスの者たちは、基本的に影人をヤバイ奴だと思っているため影人に話しかけたり関わろうとはしないが、内心ではツッコミを入れたり感想を漏らしたりはするのだ。さすがにあの前髪を完全に無視することは、好奇心旺盛な高校生には不可能だった。
「帰城くん!」
そんなクラスメイトの心の声などつゆ知らず、影人が廊下を歩いていると、自分を呼ぶ声が後方から聞こえてきた。暁理ではない。男の声だ。そして、その男の声を影人は知っていた。今朝も聞いた声だ。
「・・・・・・・・何だ、香乃宮。てめえいい加減にしつこい――」
影人がその声の主である少年の名を呟きながら振り返る。するとそこには、案の定光司の姿と、そして――1人の女子生徒の姿があった。
「っ・・・・・・!?」
その女子生徒の姿を見た影人は、前髪の下の両目を思わず見開く。影人にとって、その女子生徒の姿はそれほどまでに衝撃的だったからだ。
「いや、ごめんごめん。どうしても君に会ってみたいって言う人がいてね。といっても、この学校にいる君なら知っているとは思うけど」
光司はそう言って、自分の横にいた女子生徒に右手を向けた。光司に紹介されたその女子生徒は、活発という言葉がピッタリそうなショートカットの髪の女子生徒だった。
光司の言葉通り、影人はその女子生徒を知っていた。いや、本当によく知っている。なぜならその女子生徒は――
「こんにちは! 私、朝宮陽華って言います! あなたが帰城さんのお兄さんですよね? って、あれ? あなたは前に一回路地でぶつかった・・・・・・」
光司同様に影人が絶対に関わるまいとしていた少女、朝宮陽華だったからだ。
「あ、香乃宮くん。ちょっといいかな?」
――時は少し遡り、影人と陽華が出会う前。ちょうどお昼休みの時間、陽華は光司の所属する2年1組の教室を訪ねていた。




