第639話 カケラ2つ、休暇の終わり(5)
「・・・・何が言いたい。まさか、カケラを見つけて来たのか?」
「いや、それが分からないんですよ。レイゼロール様から教えられた探し物は、黒いカケラという事しか分からず、それが本物かどうか見分ける手段もなかったので」
レイゼロールの問いかけに曖昧な答えを返したゾルダートは、鞄の中から何かを包んだハンカチを取り出した。見たところ中々の大きさだ。
「ですからレイゼロール様に見分けてもらおうかと。最初に見つけたのは20年前のエジプトで、次に見つけたのはつい2ヶ月ほど前のイスラエルです」
そして、ゾルダートはそのハンカチの包みを解いていった。
徐々に露わになるハンカチの中身。それが露わになるにつれ、黒い輝きがレイゼロールの目に止まる。
「っ・・・・・・・・・!?」
遂に、ハンカチに包まれていたモノの中身が全て露わになった。それを見たレイゼロールは思わず目を見開いた。
ハンカチに包まれていたモノ、それは――
真っ黒な2つのカケラだった。
「ああ、クソッ! 恨むぞ過去の俺! よくも今までこんなに宿題を溜めてやがったな! 端的に言って死にやがれ!」
8月26日日曜日、午後9時過ぎ。影人は自分の部屋の机に齧り付きながら、そんな悲鳴を上げていた。
明日8月27日からは、いよいよ学校が始まる。そのため、各教科から出されていた夏休みの課題を提出しなければいけないのだが、影人は夏休みの宿題をまだ半分ほどしかやっていなかった。ゆえに、影人は必死になりながら残りの夏休みの宿題を片付けている訳だが、正直終わらせられる気がしない。そういった苛立ちと焦りを影人は過去の自分にぶつけているのだった。穂乃影の予言の通りになったわけだ。ざまあない奴である。
「・・・・・・ダメだ、とりあえず一旦休憩しよう。適度に休憩するのも大事だからな」
それから10分ほど科学の問題と睨めっこしていた影人は、軽く息を吐いて部屋の天井を仰いだ。このまま分かりそうになかったら、いよいよ答えを見るという最終手段に訴えるか、という事を考えながら。
(何だかんだ、この夏休みは色んな事があったな・・・・・・・・・・)
明日から学校という事もあってだろうか。影人の脳内では、今年の夏休みの様々な出来事が思い出されていた。風洛の生徒会長が光導姫だったり、あのソニア・テレフレアが光導姫で知り合いだったり、またレイゼロールと戦ったり、挙げ句の果てには、妹が光導姫だったりとてんこ盛りだ。まあ、ほとんど意外な者たちが光導姫だと判明しただけとも言えるが。
(つーか夏って括りなら、聖女サマとも会ったしな。ったく、ロクな夏じゃなかったぜ・・・・・・)
ドンパチやったり面倒ごとに巻き込まれたり、例年通りの平凡な夏ではなかった。孤独と暇を愛する影人からしてみれば、最悪に近い夏であった。
「それに明日からの2学期も、体育祭やら文化祭やら修学旅行があるしな・・・・・・学生としても面倒いことだら――」
影人がそんな事を呟こうとした時、突如として影人はある気配を感じた。
「ッ!?」
それは凄まじい闇の力の揺らぎ。それが世界に奔った感覚だった。
今まで影人が2回感じた事のあるその気配。それがまた感じられたのだ。しかも今回奔った闇の力の揺らぎは今までの気配とはどこか違う。今までの気配よりも更に強大、いやまるで力の揺らぎが2つ重なったような、そんな気配だ。
当然、その気配を感じたのは影人だけでなく――
「ッ! この感覚はレイゼロールの・・・・・! しかも2つ一気に・・・・・・・・!?」
神界にいるソレイユ、
「・・・・・これで合計4つ目かな。レイゼロールは、順調に力を取り戻してるな・・・・・・・」
同じく神界にいるラルバ、
「あ、シェルディア様今の感じは・・・・!」
「ええ、レイゼロールがカケラを取り込んだ気配よ。ふふっ、最近は調子がいいわね」
影人の隣人であるキベリアとシェルディア、
「おお、こいつはいい感じだ。またレイゼロール様の探し物が見つかった感じかな」
東京の自宅でレイゼロールの探し物に関する情報を収集していた響斬、
その他諸々の者たちも、その強大な闇の力の揺らぎを感じていた。
(・・・・・・今の俺にはこの感覚の意味は分からねえが・・・・・・面倒な事が近づいてるって事だけは分かるぜ。当たり前だが、こりゃ夏が終わってもスプリガンの仕事は忙しくなるだろうな)
内心そんな事を思った影人は、しかし唇の口角を上げてこう言った。
「はっ、上等だ。やるならとことんやってやる」
夏の夜、影の守護者たる少年の言葉が、部屋の中へと静かに響いた。




