第635話 カケラ2つ、休暇の終わり(1)
「――ここに戻って来るのも久しぶりだな。100年前から何にも変わっちゃいねえ」
この世界のどこか、辺りが暗闇に包まれた場所。1人の男がコツコツと足音を響かせながら、そんな言葉を呟いた。スーツ姿にメガネを掛けたその男は一見すると誠意あるビジネスマンのようにも見えるが、その実は内面に残虐なる本性を持つ闇人――名をゾルダートと言った。
「ん? 女主人サマの姿がないな・・・・・・・出先か?」
ゾルダートは正面に見える空の石の玉座に視線を向けると、軽く目を見開いた。どうやら自分が帰ってきたタイミングは悪かったようだ。
「まずったな。1回俺の部屋にでも行って――」
ゾルダートが軽く息を吐いて振り返ろうとすると、暗闇から1人の女が現れた。
「・・・・・・・・・お久しぶりだ、ゾルダート殿。戻られたか」
「うおっ!?」
ぬるりと暗闇から現れた女に声を掛けられたゾルダートは、思わず声を上げて驚いた。
そこにいたのは漆黒のマントを羽織った1人の女だった。口元は後付けの襟のせいで見えない。そしてその顔の色は幽鬼のように白い。
「あんたか、殺花さん・・・・・・・かなり久しぶりにビビったぜ。さすがだな、気配をまるで感じなかったよ。これでも、そういった事には敏感な方なんだがな・・・・・」
ゾルダートは息をホッと吐きながら、目の前に現れた女――「十闇」第9の闇、『殺影』の殺花にそう言葉を返した。こうして顔を合わすのは100年振りだが、相変わらず気配を絶つ術は超がつくほど一流のようだ。
(ったく、この女だけだ。俺がこの距離で気配を察知できないのは。もし敵だと思うと夜も眠れねえ・・・・・・・本当、味方でよかったぜ)
ゾルダートは未だに現役の傭兵の顔も持っている。この100年ほどは、各地の戦場を傭兵として回りながら戦いもしていた。そのため、戦いの勘というかその辺りの察知能力はかなりの自信がある。しかし、どうやらゾルダートの勘よりも、殺花の気配遮断の技術の方が上のようだ。
「ゾルダート殿の察知能力の高さは知っているつもりだ。ゾルダート殿は一流の傭兵。もし己が殺気をほんの少しでも抱いていたならば、察知されていたはず。己が殺気を抱いていなかったから、ゾルダート殿は気づかなかった。ただそれだけでしょう」
「ははっ、それはそうかもな」
殺花の指摘にゾルダートは軽く笑い頷いた。確かに殺気の有無は大きな違いであるからだ。
「っと、大体100年振りだから本当はもっとあんたと話したい所なんだが、女主人サマはどこだい? やっぱり外か?」
ゾルダートは殺花にそんな質問を投げかけた。殺花はゾルダートの質問にコクリと頷いた。
「レイゼロール様は外に出られて闇奴を生み出しておいでだ。しばらくは戻られない」
ゾルダートとそれなりの付き合いである殺花は、ゾルダートがレイゼロールの事をミストレスと呼ぶ事を知っている。ゆえに、殺花はゾルダートの望む答えを提示できた。




