第628話 兄としての問い(5)
「・・・・・・ふふっ。でもそんな事を聞いたら、さっきみたいに笑って肯定してくれそうなのが、頭に浮かぶ」
穂乃影はつい小さく笑っていた。穂乃影の脳内には、先ほどの影人の姿が鮮明に残っている。穂乃影がそのような問いを投げかければ、影人は格好をつけた笑みを浮かべながら、「愚問だな。愚問に過ぎるぜ」とか言いそうだ。
「もしかしたら・・・・・・・・・私の考えとか思いは、ちっぽけなのかもしれない」
穂乃影は少しだけ晴れやかな笑みを浮かべる。もちろん、穂乃影の抱いている「血の繋がり」という葛藤が全て消えたわけではないし、これからも穂乃影はこの葛藤を抱き続けていくと思う。
だが、なぜだかその葛藤が今は少し軽減されたように穂乃影には思えた。認めるのは少し癪だが、影人のおかげだろうか。
「とりあえず・・・・・高いアイスは楽しみ」
穂乃影は少し軽くなった心で、影人の帰りを待つのだった。
「ふぅー・・・・・・・・とりあえず、こんなもんか?」
財布を持って家の外に出た影人は、息を吐きながらそう自問した。その様子は、先ほどのウザっための兄とはまるで違い、普通の様子そのものだ。
「あいつからしてみりゃ、死ぬほどウザかったろうな・・・・・だがしかし、必要な振る舞いだった。そのおかげで、穂乃影から影兄って言葉も引き出せたしな」
許せ穂乃影と心の中で謝罪する。穂乃影の口から兄と呼ばせる。それが影人の目的だった。
「・・・・・・・・あれだけ兄だ妹と言っときゃ、嫌でもその事は意識するだろ。当たり前だが、口に出さなきゃ伝わらないしな」
マンションの構内を歩きながら影人はそう呟く。穂乃影との会話の中で、影人は兄や妹という単語をかなり多く言葉にした。それは、穂乃影が影人の妹であり、影人が穂乃影の兄であるという当たり前の事を伝えたかったからだ。
「・・・・・悪いな穂乃影。今の俺に出来るのはこれくらいだ。いつかはお前の事情にも触れて、真正面から家族だって伝えてやる。それまでは・・・・・・俺がお前の事を見守る」
穂乃影は光導姫。影人はスプリガンだ。幸い、影人にはいざとなれば穂乃影を助ける事の出来る力がある。穂乃影が光導姫の仕事を続ける限り、影人は穂乃影を影から見守り続ける。
「・・・・・・・・ソレイユには、穂乃影が危険になったら教えてもらうとするか。完全に私的だが、まあそこは仕方ねえだろ」
もちろん本業の仕事を抜かるつもりはさらさらない。スプリガンの役割も、怪人としての振る舞いも影人はこれまで通りにするつもりだ。ただ、そこに仕事を1つ追加しようというだけである。
「・・・・・・スプリガンを続ける理由が、1つ増えちまったな」
マンションのエントランスから灼熱の太陽照る世界に出た影人は、フッとした笑みを浮かべコンビニを目指すのだった。




