第627話 兄としての問い(4)
「マジで頼む! 本当にお願いだから! 一生の一生のお願いだ! 聞いてくれなきゃ、ずっと頭下げ続けて同じ事を言い続けるぞ!」
「ちょ、ちょっと迷惑だし怖いからやめてよ・・・・・・・!」
しかし、そんな穂乃影の内心を知らない影人は、ただ頭を下げ続けてそう言い続けるだけだった。穂乃影はそんな影人に、慌てたような顔になる。本当の妹でなくても、穂乃影は影人とずっと一緒に暮らして来た。穂乃影が影人の願いを聞かない限り、影人は本当にこのまま頭を下げ続け同じ事を言い続けるだろう。穂乃影にはその事が容易に想像できる。
「わ、分かった。分かったから、頭を上げて・・・・・!」
だから、つい穂乃影は影人の言葉を了承してしまった。このままでは埒があかないと思ってしまったから。
「本当か!? んじゃ、頼むぜ穂乃影!」
影人は嬉しそうに笑いながら顔を上げ、穂乃影にサムズアップした。殊更に嬉しそうに、殊更にバカ兄っぽく振る舞う事も忘れない。
「あ・・・・・う、うう・・・・・・」
そして、ついつい影人の願いを了承してしまった穂乃影は、後悔したように顔を俯かせるのだった。
「さあ、言ってくれ我が妹よ! 俺のことを影兄と!」
急かすように影人は穂乃影に声を掛け続ける。ここで引いてしまっては、穂乃影は絶対に自分の事を影兄とは呼ばないだろう。畳み掛けるなら、今しかない。
「さあさあさあさあ!」
「う、うるさい! 分かったから・・・・・!」
穂乃影は顔を上げて、煽ってくる影人に普段よりも大きな声でそう言った。顔を上げたその顔はどこか赤かった。
「・・・・・・・・・え・・・・・」
穂乃影は顔を赤くさせながら、消え入りそうな声で一言そう呟いた。そして意を決したように、穂乃影はその言葉を口にした。
「影兄・・・・・・・・・・・・」
恥ずかしさの余り、穂乃影はギュッと両目を閉じて、あの日以来影人に対して呼んでいなかった呼び名を呼んだのだった。
穂乃影にそう呼ばれた影人は、
「おう、そうだそうだ! 俺はお前の兄ちゃんだぜ。いやー、ひっさしぶりにそう呼ばれたが、嬉しいもんだな。ありがとうよ、穂乃影」
嬉しそうに屈託なく笑うのだった。
「ッ・・・・・・」
影人の反応を見た穂乃影は無意識に、衝撃を受けたような顔をしていた。
「いやー、嬉しすぎて何だかハイになっちまった。穂乃影、俺ちょっくらコンビニ行って高いアイス買ってくるわ。頑張ってくれた妹には、ちゃんとご褒美あげないとだからよ。じゃあな、行ってくる!」
「え? あ、ちょっと・・・・・・!」
影人は突然立ち上がりそう言うと、リビングから出て行った。穂乃影が声を掛ける暇もなく。
10数秒後、玄関のドアが開けられる音がした。どうやら本当にコンビニに行ったようだ。
「何なの、全く・・・・・・・・・・・」
1人になった穂乃影は少し疲れた顔になり、ため息を吐いた。本当に、あの人が考えている事は分からない。やはりどれだけ客観的に見ても、影人は変人の部類に入るだろう。それだけは間違いない。
(でも・・・・・・・・久しぶりに影兄って呼んだな。それに、あの人本当に嬉しそうな顔してたし・・・・・・)
自分には影人の事を兄と呼ぶ資格がない。穂乃影はそう思っていた。だが、先ほど影人は穂乃影に兄と呼ばれて嬉しそうな顔をしていた。あの顔は嘘ではない。穂乃影にはそれが分かる。
「・・・・・・・・・・私は、あなたの妹でいいのかな? 影兄・・・・・・」
先ほどの影人の反応を思い出しながら、穂乃影はそう呟いた。前髪が異常に長く、少し変人な兄。普段は多少ウザったかったり、どうかと思う事もある人だが、穂乃影にとっては間違いなく大切な人だ。




