第625話 兄としての問い(2)
「だから、お願いだ。1回だけ、また昔みたいに呼んでくれよ。一生のお願いだからさ」
影人は自分に出来る範囲で、最大限優しそうに笑う。柄ではない。こんな笑顔も、こんな言葉を吐くのも、自分の柄ではない。自分を客観的に見てもそう思う。
(だが知った事じゃねえ。こいつが抱えてるものを少しでも、ほんの少しでも軽減してやれるなら、俺は何だってやってやる。らしくない事でも本気でやるだけだ)
影人は昨日スプリガンとして、穂乃影に問いかけを行った。そして影人は、穂乃影が抱えてるいる気持ちを知った。
穂乃影は何故だか知っていたのだ。自分が兄と母親と呼んでいた者たちと、血が繋がっていなかった事に。本来ならば、自分たちの母親が穂乃影が20歳になったら伝えようとしていた事。それを穂乃影はいつの間か知っていた。
そして穂乃影は、いつからかそんな自分の事を思い悩んでいたのだろう。部外者だから。資格がない。これらの昨日穂乃影が言った言葉の中に、穂乃影の底知れぬ、果てしない苦悩の一端がある。穂乃影が影人の事を「あなた」と呼ぶようになったのは、血の繋がっていない影人の事を兄と呼ぶのはどうなのか、そう穂乃影が考えたからだろう。
しかし、影人はあえて穂乃影に自分の事を兄と呼ばせようとした。それは影人が穂乃影の兄であるという事を、穂乃影に認めさせるためだ。
(血の繋がりがなんだ。お前は俺の妹だ、穂乃影。母さんだって、お前の事は娘だと思ってる。お前が心の奥底で抱いてる気持ちも、お前が光導姫として戦ってる事も、それは・・・・・本来いらねえものなんだ。そんなものは、くだらねえんだ・・・・・!)
穂乃影が抱いてる気持ちは、影人には分からない。血の繋がりがないという事が、どれほどの苦悩なのか自分には分からない。穂乃影のどうしようもない葛藤を、影人は分かってやれない。
だが、それでも敢えて影人はそんな言葉を心の中で吐き捨てた。穂乃影の気持ちを無視するかのように、妹の心を蔑ろにするかのように。
(血なんか関係ないんだ穂乃影。俺たちは家族だ。家族に資格なんていらない。部外者なんていない。何でお前にはそれが分からない・・・・・・・!)
家族の愛を舐めるな。つまるところ、影人がくだらないと吐き捨てた理由はそんなものであった。
「い、意味がわからない・・・・・・何でそんな事を・・・・・・・」
しかし当然、影人が内心で呟いた事など穂乃影には届かない。影人の言葉を聞いた穂乃影はたじろいだだけだった。




