第622話 怪人としての問い(5)
「そうか。俺を前に大した胆力だ・・・・・・・その胆力は褒めてやる。だが――」
突如として、穂乃影の前からスプリガンの姿が消える。いや、消えたように穂乃影の目には映った。
「俺が答えろと言ったんだ。なら、答えてみせろ」
「ッ!?」
次の瞬間、スプリガンは穂乃影から数センチ程の距離、穂乃影の眼前に移動していた。気がつけば、スプリガンの体には闇色のオーラのようなものが纏われていた。
穂乃影が知る由もないが、スプリガンが行ったのは、身体の闇による強化と闇による『加速』だった。スプリガンが一瞬穂乃影の前から消えたように見えたのは、文字通り目にも止まらぬスピードで移動したからだ。
「う、あ・・・・・・・」
穂乃影の口から圧倒されたような声が漏れる。間近から見るスプリガンは、立ち上がっている闇のオーラも相まって、かなりの圧力が感じられる。そして極め付けは、穂乃影を見下ろす金色の瞳だ。
美しいまでのその金色の瞳。その瞳には、有無を言わさぬようなそんな迫力がある。まるで地上を見下ろす月のように、この瞳の前では全てが曝け出されるような。
「わ、私が光導姫になったのは・・・・・」
だからだろうか。穂乃影は半ば無意識に、そう言葉を発していた。
「お、お金を得るため。それに・・・・・力が欲しかったから」
穂乃影は少しだけ声を震わせながらも、スプリガンの問いかけにそう答えた。
「・・・・・・・なぜ金銭を欲した? なぜ力を欲した? その根源の理由は何だ?」
穂乃影の答えを聞いたスプリガンは、瞳を穂乃影から逸さずにそう言葉を紡いだ。穂乃影の言った答えはあくまで副次的な答えにスプリガンには感じられたからだ。
「ッ、それは・・・・・」
しかし、スプリガンのその言葉に、穂乃影は明確に戸惑ったような表情を浮かべた。どうやら本当に話したくないようだ。
「理由は、何だ?」
言い淀むような穂乃影に、スプリガンは再度同じ言葉を投げかける。そんなスプリガンにどこか観念したように、穂乃影は顔を俯かせた。
「・・・・・・・・私は、部外者だから。私には資格がない。大切な人たちと・・・・・家族になる資格が」
「っ・・・・・・・」
俯きながら言葉を述べる穂乃影。そんな穂乃影の言葉を聞いたスプリガンは、穂乃影には気づかれずに息を呑んだ。表情は出来るだけ平静を保っている努力はしているが、本当ならもっと驚いたような表情をスプリガンは浮かべたはずだ。
それ程までに、その言葉はスプリガンに衝撃を与えた。
「だから・・・・・・・私は大切な人たちのせめてもの役に立てるようになりたかった。大切な人たちが困らないようにお金を、いざという時に自分が大切な人たちを守れるように、力が欲しかった。光導姫は・・・・・その2つを得られる仕事だった」
穂乃影は今まで誰にも話した事のなかったその理由を、全て吐露した。まさかこの事を話す日が来るとは思わなかったし、初めて話した相手が噂の怪人になるとは夢にも思わなかった。
「・・・・・・・・・・そうか。光導姫どもが戦う理由に多少興味を抱いたから、お前にそう聞いてみただけだが・・・・・・・・存外にくだらない理由だ」
穂乃影の理由を全て聞いたスプリガンは、静かな言葉でそう吐き捨てた。そうだ、くだらない。本当にくだらない理由だ。




