第621話 怪人としての問い(4)
「ッ!? あなたは・・・・・」
その男の姿を目にした穂乃影は驚愕の表情を浮かべた。穂乃影はこの男とは今日初めて会った。だが、穂乃影はおそらくこの人物を知っている。
目の前の人物に関する噂が流れ始めたのは、つい2、3ヶ月ほど前だった気がする。本当かどうか分からないある噂。戦場に敵とも味方とも分からない謎の怪人が出没するといった、そんな噂だ。
光導姫を助けたり時には攻撃もしてくるという、その噂の怪人に関する取り決めが通達されたのは、つい10日ほど前の事。
鍔の長い帽子に黒の外套、胸元を飾るは深紅のネクタイ。紺色のズボンに黒の編み上げブーツ。整った顔に少し長めの前髪の下から覗く瞳の色は、月のような金色。目の前の男は、全ての特徴がその怪人に関する特徴と一致している。
その男の名は――
「・・・・・・・・スプリガン。噂の怪人が、私にいったい何の用・・・・?」
「・・・・・・俺を知っているか、光導姫」
穂乃影の警戒を滲ませた言葉に、黒衣の怪人は帽子を片手で押さえながらそう言葉を吐いた。
「・・・・・あなたは、私たちの界隈ではもう有名人みたいなものだから」
穂乃影は男の言葉を聞いて慎重に言葉を選んだ。
「有名人か・・・・・・・迷惑な話だ」
穂乃影の言葉を受けた黒衣の男は、軽く鼻を鳴らす。そして、男は穂乃影に向かってこんな言葉を掛けた。
「・・・・・・・・1つ聞く、光導姫。お前はなぜ戦う? なぜ、光導姫として命を賭ける?」
「私が戦う理由・・・・・・?」
それは問いかけだった。穂乃影がなぜこの場にいるのかに関する、根源の問いかけ。目の前の怪人から、突然そんな質問を受けた穂乃影は困惑したような顔を浮かべた。
「なぜそんな事を聞くの・・・・・? 私の、個人のその理由を知って、あなたはどうするの・・・・・・・?」
穂乃影には、スプリガンがなぜそんな事を聞いてくるのか分からなかった。自分の戦う理由が、この怪人になんの関係があるというのか。
「・・・・・・・・ちょっとした興味本位だ。お前らがなぜ命を賭けてまで戦うのか、それが俺には理解できない。命を賭けてまで戦うに足る理由、お前の場合それは何だ?」
困惑した顔でそう言って来た穂乃影に、スプリガンはそんな言葉を返す。ただの興味本位という言葉も、正体不明・目的不明の怪人が言えばそれらしい理由と化す。
(・・・・・ただの興味本位? たったそれだけの事で、スプリガンが戦場に現れる? 分からない、この人の真意が・・・・・・・・・)
警戒と戸惑いがない混ぜになったような表情を浮かべ、穂乃影はそんな事を考える。あり大抵に言えば、穂乃影は少し混乱していた。それはおそらく、スプリガンという人物が放つプレッシャーのようなものも多少は関係している。
「・・・・・・・・・あなたに対して、それを答える意味も理由もないと私は思うけど」
混乱した末、という程でもないが、穂乃影はそんな答えをスプリガンに示した。スプリガンに問われたからといって、穂乃影がその問いかけにバカ正直に答える義理は何1つない。穂乃影は拒絶の意思を露わにした。




