第613話 真実は残酷で(2)
「影により、闇を祓う。其の闇は、影によって浄化される」
穂乃影が詠唱を始めると、穂乃影の影が肥大化した。肥大化した影は闇奴の足元に円形に広がった。
そして、円形に広がった影に闇奴が徐々に沈み始めた。
「我が影に沈め。闇を抱える者よ。我が影は闇を浄化する棺」
穂乃影の詠唱が進むたびに、闇奴の体は円形の影に沈んでいく。腰、胸、そして遂には首まで闇奴の体は影に沈んだ。
「影葬」
そして、穂乃影のその言葉を最後に闇奴は完全に影に沈んだ。カツンと、穂乃影が持っていた杖の持ち手の底を地面に撃ちつけると、円形に広がっていた影は、元の普通の影へと戻っていった。
「・・・・・・開棺」
それから10秒ほどして穂乃影がそう呟くと、穂乃影の影が再び円形に広がり、何かが這い上がって来た。よく見てみると、それは20代くらいの男性であった。
「・・・・・・・・バイト終わり。変身解除」
穂乃影は闇奴化していた男性の姿が元の人間の姿に戻っていることを確認すると、変身を解除した。
穂乃影の姿が黒のシャツに黒の綿パンツという元の服装に戻る。それに伴って、右手の人差し指に紺色の宝石が付いた指輪も再び装着された。
そして、穂乃影は自宅に帰るべく来た道を戻り、歩き始めた。
「・・・・・・・・・・・」
穂乃影の姿が完全に自分の視界から消えた事を確認した影人は、電柱の陰から出た。チラリと後方を見てみると、今見た光景が幻影ではない事を示すように、20代くらいの男性が倒れていた。
『くくっ、どうやらお前の妹は中々やるみたいだな。獣人型の闇奴をあんなに軽く捌いちまったんだからよ。てめえの不安は杞憂だったわけだ』
面白がるように、イヴが影人の頭の中に言葉を響かせた。影人の不安というのは、先ほど影人が咄嗟に変身しようとした事を言っているのだろう。
「・・・・・お前の性格がひん曲がってるのは百も承知だが、今だけは黙れ。じゃないと、お前に八つ当たりしちまいそうだ」
影人は低い声音でイヴにそう言葉を返した。イヴは誰に似たのか、その性格がすこぶる悪い。特に、影人が困っていたり、不安がっていたりすると、水を得た魚のように元気になるという、根性がひん曲がっているとしか思えない事が起こる。影人も普段はある程度は流しているが、今回ばかりは流せそうにはなかった。
『おー、怖い怖い。ご主人様には、か弱い俺は逆らえねえからな。しばらくお暇させてもらうぜ。じゃあな影人。せいぜい元気に』
イヴは戯けた感じでそう言葉を述べると、それ以降はもう何も言ってこなくなった。
「・・・・・・色々とあるが、まずやるべき事は決まってる。・・・・・ソレイユに会いにいかねえとな」
静かになった世界の中で、影人が下した決断はそれだった。まずは、ソレイユに穂乃影の事を確認しなければならない。
「――おい、ソレイユ」
『――はい、何でしょうか影人?』
影人は自身と繋がっているリンクのようなものを意識しながら、ソレイユに向かって念話を試みた。すると2秒後、影人の内側にイヴとは違う女性の声が響いた。
「ちょっと話したい事があるから、今からそっちに行きたい。お前以外誰もいないよな?」
『はい、私以外には誰もいませんが・・・・・このまま話せる内容ではないのですか?』
影人は一応ソレイユにそう確認を取る。ソレイユは影人の質問にそう答えつつも、少し不思議そうな感じでそう聞き返して来るのであった。
「悪いが、お前と直接会って話したい。・・・・・・・かなり個人的な事になるかもしれねえが」
『わかりました。では、転移させましょうか?』
「いや、ちょうど人気のない所にいるから、俺がゲートを開けてそっちに行く。転移は不要だ」
影人はソレイユの申し出に首を振ると、近くに人がいない事と、監視カメラがない事を確認しながら、右手に握っていたペンデュラムを虚空にかざした。
「――影の守護者が希う。我を光の女神の元へ続く道を示せ。開け、影の門よ」
影人が詠唱を終えると、ペンデュラムについていた黒い宝石が黒色の輝きを放った。するとその光に呼応したように、影人の前に人が1人通れる程の黒いゲートのようなものが出現した。
影人は夜の闇に紛れるようなその黒い門に、何の躊躇もなく足を踏み入れた。




