第612話 真実は残酷で(1)
(ははっ・・・・・・・まさかの1割が来やがったか。ああ、クソだな。本当にクソみてえな答えだ)
電柱の陰から穂乃影と闇奴の戦闘を観察していた影人は、やけっぱちに近い笑みを浮かべた。
未だに目の前の光景が信じられない。だが、目の前の光景は紛れもなく現実だ。
『おー、こいつはこいつは! よかったじゃねえか影人! てめえの妹は光導姫だ! くくっ、明日は赤飯かぁ?」
影人の視界を通してこの光景を見ていたイヴが、愉快といった感じで、影人の中で声を上げる。しっかりと、影人を挑発するような言葉も添えながら。
(うるせえよ。くそ、どうなってんだ。穂乃影が光導姫だって事を、ソレイユは何で俺に教えなかった? 個人情報の保護のため? いや、流石にスプリガンをやってる俺には教えてもいいはずだ。俺は穂乃影の兄だ。じゃあ何で、ソレイユは俺にこの事を教えなかったんだ・・・・・?)
イヴに構っている暇などなく、影人はイヴに一言言葉を返すと、そう思考した。
(いや、今は考えてる場合じゃない。穂乃影に万が一の事がないように、しっかり見とかねえと。いざとなったら、俺がいつでも助けられるように)
影人は巨大化してくる疑問を無理やり押さえつけ首を左右に振った。今は穂乃影と闇奴の戦いに全神経を集中させるのが第1だ。
「我が影よ、彼の者を縛れ」
穂乃影は襲い掛かってくる闇奴に向かって、右手の真っ黒な杖を振るい、力ある言葉を紡ぐ。
すると、穂乃影の影の中から幾条もの影が伸びて来た。包帯のような形状の影は、真っ直ぐに狼の獣人型闇奴に向かって放たれる。
「グルゥ!」
しかし、闇奴は凄まじい敏捷性でその影を避けると、ジグザグと動きながら穂乃影に向かって確実に距離を詰めてくる。
「狼のくせして、ちょこまかと・・・・・」
穂乃影はうざったいといった感じの表情を浮かべる。獣人型の闇奴は闇人ほどではないが、それなりの強さを誇る。そう簡単には捕まってはくれないか。
「グルァッ!」
闇奴は雷のような速さで穂乃影に接近してくると、その凶暴に過ぎると顎を開き穂乃影を噛み殺そうとした。
「ッ!?」
その光景を見た影人は咄嗟にポケットからペンデュラムを取り出す。穂乃影の危機にすぐに変身しようとした影人だったが、結果的にその必要はなかった。
「――踏んだわね、私の影を」
「グルッ!?」
なぜならば、今にも穂乃影の顔に噛みつこうとしていた闇奴の動きが、まるで金縛りにでもあったようにピタリと止まったからだ。
「『影杖』を使っている時の私の影は、それ自体が武器にも罠にもなる。私の影を踏んだあなたは、私の影に縛られている。・・・・・・・・まあ、知性のないあなたには、意味が分からないでしょうけど」
穂乃影がそう呟くと同時に、穂乃影の影から先ほどの包帯状の影が伸び、闇奴に纏わりつく。完全に闇奴の動きを封じた穂乃影は、真っ黒な杖を闇奴の額に当てた。




