第609話 近くにいても知らぬ事(3)
影人は昨日ソニアの見送りの最中に、自分が抱えている疑問――本当に自分の妹である穂乃影が光導姫であるのかという疑問を、自分の目で直接確かめる事を決意した。ソレイユに聞く前にまずは自分の目で、それが影人が決めたことだ。
そのための方法として、影人は穂乃影の後をつけるという方法を取ると決めていた。穂乃影は不定期のバイトをしている。穂乃影が本当に光導姫かどうか、その時に後をつければ全てわかるはずだ。
そして、その方法を取るためには、穂乃影の近くに常にいる必要がある。現在、穂乃影は家にいる。なので、影人も出来るだけ家にいる必要があるのだ。
「・・・・・・・・9割は思い違いだと思うが、世の中は残り1割の確率も普通にあり得るからな。せっかく金髪から言葉もらったんだ。せいぜい、足がすくみそうになってもやり抜いてやるさ」
夏の暑い風を全身で感じながら、影人は自宅へ向かって自転車のペダルを漕ぎ続けた。
「たでーま、だ」
自分の家に戻って来た影人は、リビングに続くドアを開けると、帰宅の挨拶を口に出した。リビングのドアを開けた途端、涼しい空気が影人を出迎える。やはりクーラーは夏において最強だと実感する。
「おかえり・・・・・帰ってくるの、えらく早いね。友達に呼ばれたんじゃなかったの?」
「呼ばれたがしょもない話だったから、バックれて来たところだ。たぶん後で怒りの電話が掛かって来ると思うぜ」
リビングのイスに腰掛けてノートと教科書を広げていた穂乃影が、帰って来た影人にチラリと視線を向けそう聞いて来た。妹の問いかけに、影人は端的にそう答えると、台所で手を洗う。
「バックれたって・・・・・・そんな事してたら、あなたと友達になってくれてる貴重な天然記念物さんが可哀想。急いで戻って土下座してくるべき」
「おい、妹よ。お前は普段どんな目で俺の事を見てるんだ・・・・・・・・?」
無表情で平然とそんな事を言ってくる穂乃影に、影人は悲しい気持ちを抱きそう言葉を返す。穂乃影の言葉には、兄に対する敬いの気持ちなどカケラも存在しなかった。
「変人。それ以外に言葉が思いつかない」
穂乃影は視線を教科書とノートに戻し、ペンを動かしながら即座にそう答えた。今日の穂乃影は学校には行かないため、私服姿である。黒色の半袖に黒の綿パンツ。高校1年の女子とは思えないほどに可愛げのない私服姿だ。
「俺のどこが変人だ。俺は至って普通の若者だぜ。それよか、夏休みの宿題か? 精が出るな」
影人は手を洗ったついでに冷蔵庫から冷えたオレンジジュースのパックを取り出し、穂乃影が掛けている対面のイスに腰を下ろした。そしてテーブルにジュースのパックを置き、付属のストローを突き刺す。つい先ほど、ファミレスで烏龍茶をけっこう飲んだはずだが、自転車を漕いでいる間に、喉はカラカラになったいた。
「・・・・・違う。夏休みの宿題は5日前に終わらせてある。今やってるのは、夏休み明けの授業の予習」
「げっ、マジかよ。俺、予習なんかした事ないわ。つーかお前すげえな。俺なんか夏休みの宿題あと半分以上あるぜ? 夏休みあと6日くらいで終わりなのにヤバい」
「・・・・・・・・・・あなた、呑気にしてる場合なの?」
「大丈夫だ。本気を出せば1日で終わる。今はやる気でないし、面倒な事は未来の俺に任せるさ」
「・・・・・・未来のあなたが過去のあなたにキレてるのが容易に想像できる」
影人の言葉を聞いた穂乃影は、呆れたような表情を浮かべた。本当に、適当なところは適当な人間だ。




