第608話 近くにいても知らぬ事(2)
「夏休み入る前に言っただろ! 夏休みに2人でどこかに遊びに行こうって! 約束もしたし! 信じられない、忘れたっていうのかい!? この前髪捻くれ厨二偏屈野郎! 1回馬に蹴られろ!」
「誰が前髪捻くれ厨二偏屈野郎だ!? 俺はそんな愉快な名前じゃねえ!」
暁理に不名誉極まる言葉(ほとんど暴言)を吐かれた影人は、半ば反射的にそう言葉を返す。前髪は自分のビジュアル的に否定は出来ないが、その後の捻くれ厨二偏屈野郎というところには、断固として異議を唱える。
「あーもう、僕は何で君みたいなロイヤルストレートフラッシュ並みに変な奴の事を・・・・・」
暁理は大きくため息を吐きながら、頭を抱えた。客観的に見ても、友人として関わっても目の前の友人は色々とヤバい奴である。しかもデリカシーも欠如している。本当に、なぜ自分はこんな人物に想いを寄せているのか、時々分からなくなる。
「・・・・・・・・まあ、僕の山よりも高く海のように深い心に免じて、忘れてた事は特別に許してあげるけどさ。思い出したかい?」
「お前の心云々に関しても、死ぬほど異議を唱えたいところだが・・・・・まあ、それについては思い出した」
暁理から視線を向けられた影人は、ガリガリと頭を掻きながらそう言った。確かに、いつぞやの通学途中にそんな事を言われた気がする。
「約束しただろ? 僕はしっかりと言質は取ったんだ。ちゃんと付き合ってもらうよ」
暁理はフスーと鼻息を吐きながら、ジロリと影人を睨みつけてきた。中々に威圧を感じられる。だがしかし、暁理程度の威圧に怯む影人ではない。
「ふっ、甘いな暁理。俺はこう言ったはずだぜ? 気が向いたらってな。お前には残念だろうが、俺の気はいま現在向いてない。よって、お前に付き合う義理はねえ。証明終了だ。俺は帰る」
影人は格好をつけた気色の悪い笑みを浮かべ、残っていた烏龍茶を全てストローで啜り終えると、席を立った。
「今日は出来るだけ家にいたいんだ。俺の分の金は置いとくぞ。じゃあな」
「え・・・・・・?」
唖然としている暁理に影人はそう言葉を続けると、サイフからドリンクバー代の金を出しそれをテーブルの上に置いた。そして、ヒラヒラと暁理に手を振ると、ファミレスの出口に向かって歩き始めた。
そして、影人はファミレスを出て帰ってしまった。
「え、ちょ・・・・え!?」
唐突に帰った影人に、怒りよりも戸惑いが勝った暁理は、呆然とした表情を浮かべながらそう声を漏らした。
「・・・・・後で暁理の奴から、怒り狂ったような電話が来そうだが、まあどうでもいいな。今は出来るだけ家にいなきゃならねえし」
ファミレスを出て自転車に乗った影人は、少し面倒臭そうにそう呟いた。
だが、仕方がないだろう。本当に必要不可欠な用事以外は、いま影人は外に出たくはない。別に引きこもりたいからとかいう理由ではない。影人にはちゃんとした理由があるのだ。




