第605話 歌姫グッバイ(3)
(はっ、らしくねえよなやっぱり。俺がウジウジと行動しないのも、誰かに励まされるのも・・・・・・・なんか、自分に対して苛ついて来たぜ)
心の中で、影人は自分を笑った。らしくない、それはイヴに2日前に言われた言葉だ。
影人は改めて自分でもそう思った。いくら穂乃影の、家族の事とはいえ自分がこれ程までに気持ちが乱されのは、帰城影人らしくはない。
(決めたぜ。穂乃影が光導姫かどうか、俺が直接確かめてやる)
影人は心の内でそう誓った。穂乃影は不定期なバイトをしている。影人は昨日、実は穂乃影のそのバイトは光導姫としての仕事なのではないかと考えていた。以前、ソレイユは光導姫の仕事で金銭を得る者もいると言っていた。穂乃影は光導姫の仕事をして、金銭を稼いでいるのではないかと思ったのだ。
光導姫の仕事は言わずもがな不定期だ。それは影人もよく知っている。そして、穂乃影のバイトも不定期。そこは一致している。だから、確かめる手段があるとすれば、今度穂乃影がバイトに行く時にこっそりと後をつける事くらいだ。
ソレイユに確かめる前に、まずは自分の目で直接確かめる。不効率もいいところだが、影人はその方法で確かめる事を誓ったのだった。
「あ、もう行かなきゃ。じゃあ、バイバイ影くん。見送りに来てくれて今日はありがとう♪ 君とまた会えて、日本でライブが出来て、私はすっごく楽しかったよ♪」
スマホで時間を確認したソニアが、特上の笑顔で影人に感謝の言葉を述べた。ソニアからそう言われた影人は、「なら、よかったな」と言葉を返す。
「・・・・・金髪、お前にまた会えて俺も多少は面白かったぜ。――だから、昔馴染みのお前に感謝を込めて、出血大サービスだ」
「え、なに?」
影人の言葉にキョトンとした顔を浮かべるソニア。そんなソニアの顔を見ながら、影人は右手を自分の顔の方へと持っていった。そして、右手で自分の顔を覆うようにしながら、影人は人差し指と中指で自身の顔の上半分を支配する前髪を少しだけ、ほんの少しだけ、掻き分けた。
「ッ・・・・・!?」
途端、露わになるのは影人の左目。ソニアは7年振りに見る影人の左目を見て、息を呑む。普段は前髪の下にある、影人の顔の一部分。影人は左目の部分だけを露出させると、その黒い瞳でソニアを見つめながら、こう言った。
「悪いが、これが今の俺の精一杯だ。お前は俺の顔を見たがってたからな。普段だったら、絶対見せねえんだが、お前は昔馴染みだし、ライブにも招待してもらった。そういうわけで感謝を込めて、だ。まあ、左目だけだが許してくれよ」
影人は軽く笑った。普段ならば、前髪の下の素顔が見たいと言われても、影人は絶対に素顔を見せない。それは影人の戒めであり誓いだからだ。
だが、ソニアには色々と感謝するべき事が影人にはあった。それは今言ったように、ライブに招待してもらった事に対する感謝であり、励まされた事への感謝でもあった。




