第588話 歌姫オンステージ14(4)
「相変わらず答えだけは立派だ。だが、貴様にはその思いを実現するだけの力がない」
「傲慢な答えね。私にはあんたの答えが偽善にしか聞こえないわ」
陽華と明夜の答えに、否定的で厳しい言葉を述べるアイティレと真夏。この研修の教官である2人は、光導姫に厳しい態度を取り、その問いの答えを否定しなければならない。それが2人の役目だからだ。
「第2の問いかけだ。――貴様が強くなりたい理由は何だ?」
「次、2つ目ね。――あんたはなんで強くなりたいの?」
アイティレと真夏が2つ目の質問を行う。アイティレは激しさを増す陽華と肉弾戦を演じながら、真夏は攻撃のバリエーションを増やす明夜の遠距離攻撃をいなしながら。これも形式通りの問いかけだ。
「決まってます! 強くなったら、それだけ助けられる人が増えるからです! それに・・・・・」
「人を助けたいなら・・・・・・・強くならないとでしょ・・・・・・! それに・・・・・」
陽華と明夜は先ほどと同じように答えを返す。第2の問いは第1の問いに関連するような答えだった。まあ、第1の問いと第2の問いは少し重複したような側面があるので、関連するような答えは仕方が無いだろう。
だが、陽華と明夜の答えはそれだけではなかった。
「「追いつきたい人がいるんです・・・・・・・!」」
様々な思いを込めて、2人は答えの続きを吐き出した。2人の脳裏に浮かぶは、金目の黒衣纏う男。何度も自分たちの命を助けてくれた、妖精の名を持つ男だ。2人は誓ったのだ。あの人の、スプリガンの強さに追いつこうと。あの人みたいに強くなろうと。
「・・・・・スプリガンか。お前はアレの強さに追いつこうというのか」
「あの格好つけた怪人の事? まあ、アレは確かに強いものね」
アイティレと真夏は、2人が言っている人物が誰か分かった。アイティレは当然のことながら、真夏に関しては、陽華と明夜のスプリガンに対する思いをこの研修の期間に知ったからだ。
「端的に言ってやろう。無理だ。お前は奴の強さには追いつけない」
「でも無理よ。私は2日前に初めてあいつを見たけど、あんた程度じゃ絶対にアレには追いつけないわ」
「「ッ・・・・・!」」
そして、アイティレと真夏は無情に陽華と明夜に向かってそう宣告したのだった。その宣告を受けた2人の顔色が少しだけ変化する。
「認めるのは癪だが、奴の強さは本物だ。化け物、と評しても妥当だろう。奴はそれほどまでに強い。・・・・・・お前如きが、奴に追いつくのは不可能だ」
「アレに追いつくなんて、大言壮語もいいとこよ。この世には無理なもんがあるのよ。あんたの答えはそれに入るわ」
最上位の光導姫たちは、形式通りに、そして本心からそう言って2人の思いを否定した。
アイティレも真夏もスプリガンとは2日前に釜臥山で邂逅している。2人は直接スプリガンと戦いはしなかったが、スプリガンの力の一端は目の当たりにしている。アイティレは何度目かだったが、真夏は初めてスプリガンの力を目撃した。
「「それでもッ・・・・・・・!」」
否定の言葉に抗うように、陽華と明夜はそう言葉を呟く。そんなことは分かっている。今の自分たちでは絶対にスプリガンに追いつけないことは。
「私は、私たちは強くなるんだッ! 絶対に、絶対に! 無理でも何でもッ! そんなもんのは越えるんだッ!」
「私たちのこの想いは誰にも負けない! 私たちはこの想いを、力に昇華してみせる!」
だが、それがどうした。今の自分が無理ならば、今の自分を越えるだけだ。そして超えた自分でも無理ならば、またその自分を越えるだけだ。
「「ッ・・・・・!?」」
陽華と明夜の気迫に応えるように、2人の力が上がる。陽華はその身体能力が、明夜は魔法の威力が。2人のその様子にアイティレと真夏が息を呑む。
光導姫の力は光の力。光の力の源は、人間の正の感情。今の2人は、正の感情、その感情を含む気持ちが凄まじいまでに強くなっていた。
「はああああああッ!」
「行けッ! 水の蛇ッ!」
陽華の渾身の右ストレートがアイティレに向かって放たれる。明夜の全力の魔法による水の蛇が、真夏を襲う。
だが、
「無駄だ!」
「無駄よ!」
アイティレと真夏は2人にそう言った。アイティレは陽華の右手を凍域を発動させて凍らせた。陽華とアイティレは近接戦を演じている。それが示すのは、アイティレの凍域の範囲内だという事だ。アイティレは、発動させようと思えばいつでも凍域を発動させる事が出来た。
一方の真夏は、明夜が放った水の蛇に対して蝙蝠扇子による呪いの風を放った。呪風を浴びた存在は呪いを受ける。それは例え能力によって生み出された水の蛇だろうと例外ではない。風を浴びた水の蛇は、呪いによりその形を崩し始める。
「「ッ・・・・・・!?」」
右手を凍らせられた陽華と、水の蛇を無力化された明夜の表情が一瞬だけ歪む。
しかし、
「こんな氷じゃ、私のこの熱い気持ちは止められないッ!!」
「蛇でダメなら、龍よ! 壁を越える! 水の蛇よ、水の龍へとその姿を変えろッ!」
2人の想いはその程度では止まらなかった。そして、2人のその想いはようやく形ある力へと昇華した。
陽華の凍った右手に突如炎が灯る。その炎は凍っていた陽華の右手を溶かした。
明夜の形を失いかけていた水の蛇が、水の龍へとその姿を変えた。水の龍は呪風を受けてもその形を変えずに、真夏へと牙を剥く。
「なに・・・・・!?」
「ちょ、マジ・・・・・・!?」
その光景にアイティレと真夏が目を見開く。
陽華の炎の拳を、アイティレは咄嗟に腕を交差させて受け止めた。だが衝撃は殺し切れずに、アイティレは後方へと吹き飛ばされた。
明夜の水の龍に、真夏は咄嗟に呪符を展開し防御しようとしたが、水の龍はその呪符を噛み潰すと、その尾で真夏を吹き飛ばした。
―― 2人は遂に1つの壁を超えたのだった。




