第584話 歌姫オンステージ13(6)
「・・・・・・わかった、ならもうこれ以上は詮索しないよ。でも、残念だな。久しぶりに君の顔見たかったのに。その感じだと、見せてくれないんでしょ?」
「まあ、そうなんだが・・・・・・・別に、俺の顔なんか見る価値はないぜ。ただの、つまらない普通の顔だし」
それにあんたはもう俺の顔を見てるしな、と影人は心の中で付け加えた。ソニアは昨日、スプリガン時の自分と会っている。スプリガン時の自分は、目の色は違うが顔は影人そのままの顔だ。だから、ソニアはもう今の影人の素顔を見ているのだ。まあ、それを影人の顔だとは認識はできないが。
「ふふっ、そんな事ないよ。少なくとも、私にとって君の素顔は無価値なんかじゃない。だって・・・・・・」
初恋の人だから、ソニアは内心でそう言葉を呟いた。
「だって・・・・・・何だ?」
「内緒だよ♪ と、何だかんだもう30分経っちゃたか。レイニーが窓から睨んできてる。と、そうだそうだ。これ渡さなきゃ」
ソニアは公園の前に駐車している車を見てそう呟くと、ポケットからある物を取り出した。長方形の小さな紙だ。そして、ソニアはそれを影人へと渡して来た。
「はい、これ。私の最終日のライブのチケット。関係者席用のチケットなんだけど、受け取ってくれる? 君に今の私の歌を生で聞いてほしいの。もう、下手くそなんて言わせないから♪」
「流石に今のあんたに下手くそなんて言えねえよ・・・・・・・・分かった、今のあんたの歌を聞きに行くよ。チケット、貴重なものなのにありがとな。金髪」
影人はソニアからのチケットを素直に受け取った。本当はスプリガンと光導姫という関係上、あまり関わるべきではないのだが、流石にこれは受け取らないと薄情に過ぎると影人は考えたからだ。
「シャ、影くん? さすがに金髪はもうやめてほしいんだけど・・・・・私の事は、普通にソニアって呼んでほしいかな」
「悪いが却下させてもらう。あんたも俺の事そう呼んでんだ。俺だけ昔の呼び方を変えるってのは、不公平だろ?」
困り顔を浮かべるソニアに、影人はフッとした笑みを浮かべそう言葉を返した。
「ええ・・・・・・・・・はあー、全く変に捻くれてる所は変わらないみたいだね。私の事、そう呼ぶのは君くらいだよ」
「・・・・・別に俺は捻くれてねえよ」
「ふふっ、ならそういう事にしといてあげる♪」
ソニアは楽しそうに笑うと、ベンチから立ち上がった。
「まだまだ話したい事はあるんだけど、今日はここまで。ありがとう、影くん。君と話せて本当に楽しかった♪ じゃ、車に戻ろっか。レイニーに言って家まで送ってもらおうか?」
「いや、送ってもらわなくて大丈夫だ。せっかくだから、この辺ぶらぶらしたいしな」
ソニアの提案に影人は首を横に振る。せっかく家を出たのなら、昨日は見て回れなかったこの辺りをふらつきたい。それに、自分を送る時間にソニアの時間を割くのは気が引けた。
「分かった。なら、ここでお別れだね。またライブの時に会お♪ 絶対来てよ、影くん! バイバイ!」
「ああ、行ってやるよ金髪。じゃあな」
笑顔で手を振りながら、ソニアは車へと戻っていった。影人も軽く手を振りながら、小さな笑みを浮かべた。
やがて、ソニアを乗せた黒の車は発進し、影人の視界から消えた。1人残った影人は、小学生たちが元気に遊ぶ様子を見ながら、独り言を呟いた。
「ったく、人生ってやつは本当に分からねえな・・・・・・あの歌が下手くそだった金髪が、今は世界の歌姫だっつうんだから。しかも光導姫で、また会うなんてな・・・・・・・・本当、分からないぜ」
やれやれといった感じでそう呟いた影人だが、その顔はどこか嬉しいそうな、懐かしそうな、そんな顔をしていた。口元も、普段よりも随分と緩んでいる。
しばらくの間、影人は昔のソニアの事を思い出しながら、ベンチに腰掛けていた。




