第583話 歌姫オンステージ13(5)
途端、過去のソニアとの記憶が次々と思い出される。それらはソニアの言ったように、言い合いをした記憶だったり、ソニアの歌を聞いた記憶であったり、話をした記憶だった。
「そう! 君は私の事ずっとそう呼んでた! 『金髪』って髪の色で。私の名前を教えようとしても、君名前はどうでもいいって言って聞かなかったし」
影人の言葉を聞いたソニアは、嬉しそうな表情でそんな反応をした。ソニアは、影人が自分の事を思い出してくれたのが、本当に嬉しかった。
「・・・・・・あの時の俺は今よりもだいぶクソガキだった。だから、あんたに絡んじまったんだろうな。・・・・・・・・・・・それより、あんたの事を思い出せなかった理由が分かった。俺、昔のあんたの事、ずっと男だと思ってたんだ」
「え・・・・・・・・・!?」
影人から衝撃の事実を伝えられたソニアは、心底驚いたようにその口を開けた。
「本当なら、あんたの俺に対する呼び名で思い出さなきゃならなかったんだろうが・・・・・・そもそも、性別が記憶の中との性別と違ってたから、無意識にその記憶を排除してたんだろうな・・・・・・」
そう。それが影人がソニアの事を思い出せなかった理由だった。昔のソニアは、髪の色は変わらなかったが、今よりも短髪で、顔立ちも中性的だった。それに加えて、服装も基本的にはズボンを履いていたし、声の方も当時は影人を含め、全員声変わりしていなかったので、男子でも高いものだと思っていたのだ。
「さ、さすがにそれはひどくないかな!? わ、私の事ずっと男だと思ってたって・・・・・・」
「すまん。それについては本当に申し開きもねえ・・・・・・・・」
ショックを受けた顔のソニアに、影人は頭を下げて謝罪した。これについては、ソニアがショックを受けるのも当然だし、自分が謝罪するのも当然だ。
それから少しの間、ソニアは放心したような感じになっていたが、やがては「ぷっ・・・・・あははははははははっ!」と声を上げて笑い始めた。
「なんか君らしいや! うん、そうだった。君はちょっとだけ、どこか抜けてる子だったな♪」
ソニアはひとしきり笑うと、影人に向かってそう言った。
「でも、そっかー。私、ずっと男の子だと思われてたんだ。なるほど、だから君に色々とアピールしても気がついてもらえなかったのかー・・・・・・」
「? アピール・・・・・?」
空を見上げそう独白するソニア。だが、影人にはソニアの言っている言葉の意味がよく分からなかった。
「うんうん、こっちの話。それより、私の事も思い出した事だし、質問を1ついいかな?」
「質問? 俺に答えられる範囲なら構わないが・・・・・・」
「ありがと♪ じゃあ質問なんだけど、君なんでそんなに前髪を伸ばしてるの? 私君の顔見た時驚いちゃったよ。君の上半分の顔が見えないから。昔も前髪は多少長かったけど、顔は普通に見えてたでしょ? だから何でかなって。何か理由があるの?」
ソニアの質問は影人の前髪の事だった。確かに昔の、前髪に顔の上半分を支配されていない頃の影人を知っている者ならば、当然抱く疑問だろう。影人はなぜ前髪を伸ばしているのか。
「・・・・・・・・・悪い、それについては誰の質問だろうと答えないようにしてるんだ。別に深い理由があるとかじゃないぜ? だから、そこは気にしないでくれ」
ソニアのその質問に、影人は首を横に振った。この疑問だけは、例え誰であろうと正直に答えるつもりはない。だから、影人は笑ってそう言葉を付け加えた。自分が前髪を伸ばしている本当の理由は、墓場まで持っていくと影人は心に決めている。




