第582話 歌姫オンステージ13(4)
「全然♪ 実際、当時の私は本当に歌が下手だったし、君に歌が下手って言われたから、歌が上手くなりたいって思ったの。だから私がこの道に進んだ原初の思いは、その負けん気。そう言う意味じゃ、君には感謝してるから♪」
ソニアは全く気にしていないといった感じの笑みを浮かべると、話を続けた。
「と、ごめん。ちょっと話が先行しちゃった。話を少し戻すけど、私がこっそりと歌を練習してたのは、あの小学校のプールとか動物小屋の近くにあった、表からは若干見えない秘密のスペースだったの。君も知ってるでしょ?」
「ああ、知ってる。今もあるかはわからないが、あそこ出身の奴なら、大概は知ってるからな」
ソニアの確認に影人は頷いた。ソニアが言っている秘密のスペースとは、プールの更衣室や動物小屋といった小さな建物が寄り集まっている場所、その裏手にあったスペースの事だ。人が4人くらい入れるところで、影人も「秘密基地みたいでカッコいい」という理由から、何度も訪れた事のある場所だ。
(ん・・・・・・・・? 待てよ、あの場所と歌・・・・? そう言えば、何かそれにまつわる記憶があったような・・・・・・)
秘密のスペースと歌。そのキーワードに、影人の記憶が刺激される。ぼんやりと脳裏に浮かぶのは、その場所で誰かと話している光景だ。ただ、その誰かの顔までは霧がかかったように分からない。
「それである日の放課後。いつもみたいにそこで歌の練習をしてたら、ある男の子が現れたの。その男の子と面識はなかったんだけど、その男の子は歌ってる私を見るなり、『下手くそな歌。春のさざめきが泣いてるぜ』ってそんな事を言ってきたの」
「ッ・・・・・・!」
ソニアの言う男の子。その人物が誰であるかは、明白だった。
「私は下手くそって正直に言われたのは初めてだったから、恥ずかしくて怒ったちゃったの。でも、その男の子は、私の言葉をどうでも良さそうに無視すると、置いてあった古いイスに座って、『寝るから違う場所に行ってくれ』的な事も言ってきて。その日は怒りすぎて帰っちゃったんだ」
ソニアはあははと笑うと、言葉を続けた。
「で、次の日の放課後私がそこに行くと、昨日の男の子が先客でいたんだよね。昨日の事もあって、私その男の子に文句言ったら、その男の子も文句を返して来て。それで言い合いになったんだけど・・・・・・・・・何やかんや、その男の子とは仲良くなっていった」
ソニアの視線が影人の顔に向けられる。そして、ソニアはこう言って話を終えた。
「期間は1ヶ月くらい。最初の印象は最悪。でも、その男の子と話した時間は今でも大切な私の思い出。――その男の子が君だよ、影くん。帰城影人、君が私に教えてくれた名前から、私が君につけたあだ名」
「・・・・・・・・・・・・ああ、そうだな。あんたの話を聞いて、ようやく思い出した。あんたは、あの時の金髪くんか」
霧がかかっていた顔が晴れた。その顔は金髪の短い髪の子供だった。その子供こそが、目の前の少女。ソニア・テレフレアなのだ。




