第581話 歌姫オンステージ13(3)
「ありがと、レイニー! じゃ、30分だけ待っててね♪」
「公園だからって油断してバレないでよ。あなたは、世界に名を冠する歌姫なんだから」
レイニアはソニアにそう釘を指す。釘を刺されたソニアは、調子が良さそうにレイニアに言葉を返すと、影人の方に顔を向けて来た。
「分かってるって♪ お待たせ、影くん。降りよっか♪」
「・・・・・分かりました」
影人はソニアの言葉に頷くと、車を出た。途端、夏の暑さが再びチリチリと肌を焼く。車内はクーラーが効いていたので、外は先ほど歩いていた時よりも、より暑く感じられる。
「あそこの日陰のベンチに行こっか♪ というか、さっきから随分他人行儀な話し方してるけど、普通に話してくれた方が助かるかな。私の事が思い出せないから、そう話してくれてるのかもだけど、どっちにしても同い年だから、なんかしっくりこないし」
「そう言うのなら・・・・・・分かった、言葉を普通にさせてもらう」
「うんうん、そっちの方がやっぱりいいや♪」
言葉遣いを普段のものに変えた影人。そして2人は公園の中に足を踏み入れ、日陰になっているベンチに腰を下ろした。
「それで・・・・・・・・あんたは俺の事を知ってるみたいだが、俺とあんたはいつ出会ったんだ? すまないが、あんたが今言ったように、あんたと会った記憶は思い出せなかった。あと、何であんたは俺の事を影くんって呼ぶんだ?」
「そっか、やっぱり・・・・・仕方ない、かな。もう7年くらい前の事だし」
ソニアは少しだけ悲しそうに笑みを浮かべると、こんな話をしてくれた。
「私さ、お父さんの仕事の都合で、3年間だけ日本にいた事があるんだ。小学1年の夏から、小学4年の夏までね。日本語もその時に覚えたんだ」
「そうだったのか・・・・どうりで、流暢な日本語を話すわけだな」
「ありがと、そう言ってもらえると嬉しいよ♪」
影人の感心したような言葉に、ソニアは言葉通り嬉しそうな顔を浮かべた。
「で、日本にいた時に通ってたのが、あの小学校なんだ。最初は私が外国人って事で壁があったような気もしたんだけど、当時の先生やクラスメイトたちは私と暖かく接してくれた。だから、日本にいた3年間は本当に楽しかった」
ソニアは懐かしそうに、公園で遊んでいる小学生たちに目を向ける。その表情から、ソニアの言葉が真実であるという事がよく分かった。
「あれは小学校4年の春くらいの事だったかな。私、音楽の授業で歌を歌ったんだけど、すっごい下手くそだったの。みんなも思わず笑っちゃうくらいのね。当時の私はそれが悔しくて、何とかみんなを見返してやろうと、こっそり練習してたんだ」
「そいつは・・・・・・意外だな。歌姫サマにも、歌が下手な時期があったんだな」
その話を聞いた影人は少し驚いた表情を浮かべた。ソニアは歌姫と呼ばれている少女だ。当然ながら、そんなソニアの歌が下手な訳がない。影人もソニアの歌はテレビなどで聞いた事があるが、素人耳にも上手いと感じられた。
「あはは、君がそれ言う? だって君、当時の私に真正面から歌が下手って言ったんだよ?」
「・・・・・マジかよ。悪い、記憶はまだ思い出せないけど、昔の俺は生意気な事を言ってたみたいだ」
ソニアが言った衝撃の事実に、影人は思わず頭を抱えた。今や世界の歌姫であるソニアに、過去の自分は何とアホな事を言ったのだろうか。影人は過去の自分に代わり、謝罪した。




