第580話 歌姫オンステージ13(2)
「ええと、目印は黒い車だったよな」
影人は近くに黒い車が止まっていないか探す。ソニアはメールで、この小学校前を待ち合わせの場所に指定して来た。ソニアがこの場所を指定して来たのは、単純にここが昨日影人とソニアが出会った場所であり、この場所以外に自分たちが共通して知っている場所がなかったからだろう。
そして、ソニアのメールによると、ソニアは黒い車に乗っているとの事だった。その車を見つけて、反応を示して欲しいとの事だ。
「ああ、あれか」
影人は、小学校の校門から少し離れた所に路駐されている黒色の中型自動車を発見した。影人は車の車種をよく知らないので、車の名前は分からない。
近くにあの車以外に黒い車はない。ならばあれで決まりだろう。影人はその車に近づくと、コンコンと窓を叩いた。
「・・・・・・乗って」
「え?」
影人が叩いた前方の左窓が開き、姿を現したのはスーツ姿の白人の女性だった。眼鏡を掛けた20代半ばと思われるその女性は、英語でそんな言葉を放った。よく見てみると、女性の席は運転席だ。左ハンドルか、珍しいなと影人は今は少しどうでもいい事に気がついた。
「早く乗って。ただでさえ時間をムリヤリ作って、スケジュールが更にカツカツになったんだから、1秒たりとも無駄に出来ないのよ。だから、早く乗って!」
「ええと、すんません。俺英語分からなくて・・・・」
スーツ姿の女性は何やらイライラとしているようだが、いかんせん何を言っているのか影人には分からなかった。影人は、英語が大の苦手なのである。
「影くん、後ろの席に乗って!」
影人が戸惑っていると、後ろの席の窓が開いた。そこから日本語でそう言ったのは、オレンジ色に近い金髪が特徴の少女、ソニアだった。メガネとキャップをしている事から、昨日と同じ変装をしている事が分かる。
「ああ、そう言ってたのか・・・・・とりあえず、分かりました。失礼します」
ソニアの言葉で、スーツ姿の女性が何を言ったのか理解出来た影人は、言葉遣いを丁寧なものにして、ソニアがいる方と反対のドアを開けた。
「ごめんね、急なお願いで。あと、今日はありがとう♪ 君とまた会えて嬉しいよ」
「・・・・・・・・構いませんよ。俺も色々と気になる事はありましたから」
車内に入ると、ソニアが笑顔でそんな事を言ってきた。影人はソニアから出来るだけ距離を取るように座ると、そう言葉を述べた。
「ソニア、分かってると思うけど30分だけよ。これ以上は、もう本当にスケジュールを動かせないわ」
「分かってる、レイニー。あなたには心の底から感謝してる。じゃあ、近くの公園までお願い。場所は私が指示するから」
ソニアは自分のマネージャーであるレイニアに、英語でそう言った。ソニアの言葉にレイニアは、「全く、都合がいい子ね」とため息を吐くと、車を発進させた。
「・・・・・・いったい、どこに向かってるんですか?」
「そこを左。後は直進すれば、いいだけだから。――大丈夫、すぐに着くから」
「? はあ・・・・・・・・」
レイニアに指示を出すソニアに、影人は目的地を尋ねたが(ソニアの英語を聞き取れなかったので)、ソニアは笑みを浮かべるだけだった。答えになっていない気がするが、影人もそれ以上突っ込んで聞こうとは思わなかった。
車は3分ほど走行し、ある場所で停車した。窓から外を見てみると、そこは公園だった。夏休みと言う事もあって、小学生くらいの子たちが遊んでいるのが目に入って来る。
(公園か。この公園の事を知ってるって事は、やっぱり歌姫サマは、あの小学校にいたのか?)
この公園は、小学校から近いという事もあり、よく小学生たちに遊ばれている公園だ。影人も小学生時代に何回かこの公園を訪れた事があるので、この公園の事は知っていた。そして、影人がそのように考えたのは、アメリカに住んでいるソニアが、こんな東京郊外のローカルな公園の事を知っていたからだ。




