第573話 歌姫オンステージ11(6)
光導十姫2人による、最大浄化技クラスの大技。おそらく、最上位闇人とてまともに受ければ8割型浄化されるだろう。
「いい光の力だわ。あなたたち、気配でもある程度分かってたけど、強いみたいね」
放たれた光の余波によって世界が揺れる。そんな光の奔流が迫って来ても、シェルディアはただ優然と、超然とした態度のままだ。
シェルディアに迫る白と黒の2つの光の奔流。もうシェルディアは光に飲み込まれる、そう思われた。
「――まあ、人間にしてはだけど」
しかし、結果はそれとは全く違うものに、ありえない光景を世界に映す。
シェルディアは両手を前方に突き出し、左右それぞれの手を白と黒の光の奔流に当てた。
シェルディアはそれらを掴んだ。
そして、その掴んだ光の奔流を、握り潰した。
風音と真夏が放った光の奔流は、綺麗さっぱりに消滅した。
「は・・・・・・・・・・?」
「え・・・・・・・・・・?」
ふざけた光景に、真夏と風音の口からついそんな声が漏れる。こんな時、戦場だというのに、2人の口はポカンと開いていた。
「ふふっ、ちょっとヤンチャしちゃったかしら」
「「ッ!?」」
意味の分からない事に次の瞬間、風音と真夏のすぐ後ろから、シェルディアの声が聞こえてきた。1秒前まで確かに自分たちの視界にいたシェルディアが、いつの間にか視界から消えている事に、2人はいま気がついた。
「ちょ、訳が――!?」
真夏は混乱していた。だが、敵が自分の背後にいるならば、振り向かなければならない。真夏は反射的に振り向こうとしたが、
「あなたもお休みなさい」
それより速く、シェルディアは真夏の首元に神速の手刀を当てた。
「あ・・・・・」
そして、その手刀により真夏も気絶し地面へと倒れ伏せた。気を失った真夏は、刀時と同じく変身が解除され、真夏によって召喚された巨大な骸骨も、光の粒子となって消え去った。
「榊原さん!? くっ、龍神よ、我が敵を討て!」
ついに1人になってしまった風音が、龍神に攻撃の命令をする。風音の命令を受けた荒ぶる龍神は、その凶悪といっていいほどに鋭い爪をシェルディアに向かって振るった。
「無駄よ、この間合いならわざわざそんな子を相手にする必要もないわ」
シェルディアはひらりと龍神の爪を避けると、再び姿を消した。
「だって本体を叩いた方が早いもの」
「ッ!?」
シェルディアは風音の後ろに出現すると、風音の背中に組みついた。
「これで詰みよ。あなたはもう何も出来ない。あなたが攻撃の素振りを見せる前に、私があなたをどうとでも出来るから」
「くっ・・・・・・・・・!」
風音はシェルディアの言葉に悔しげな表情を浮かべた。全くもって、シェルディアの言う通りだったからだ。龍神も風音の後ろにシェルディアがいるため、攻撃する事は出来ない。よしんば攻撃しようとしても、その前に風音は気絶させられるだろう。
「ふふっ、大丈夫よ。殺しはしないって言ったでしょ? まあ、本当に気に入らない人間がいたら殺すんだけど、あなたたちはそこまではいかないし。でも、対価はいただくわ」
「た、対価・・・・・・・?」
「ええ、赤い甘美な液体をね」
シェルディアは風音の首元に自分の顔が来るように(2人には中々の身長差がある)、風音の体を自分にもたれかかせるように調整した。
そしてシェルディアは普段は隠している鋭い犬歯を剥き出した。
「知ってる? 神職の血を引く女――巫女の血は、普通の人間の血より摂取できるエネルギーの量が多いの。だから、ちょっとだけあなたの血を頂くわ」
「私の血・・・・・・? ッ・・・・・・・ま、まさか、あなたの正体は・・・・・・・・・・!」
シェルディアの今の発言。それに普通の人間より遥かに鋭い歯。不老不死。それらのキーワードから連想される怪物は1つしかない。
すなわち――
「吸血鬼・・・・・・なのッ!?」
「ふふふふっ、それもこちらでの私の名の1つね。じゃあ、そろそろ頂こうかしら」
少女の姿をしたモノは、風音の言葉を肯定すると、その牙を風音の首元へと埋めた。
「うっ・・・・・・・・・・」
首元に牙を突き立てられた風音は、一瞬痛みを感じたが程なくして気を失った。




