第567話 歌姫オンステージ10(5)
(まあ、そうだよな。お前の事だ、俺がお前の蹴りをどうにかする事は予想できてたよな。だからこそ、お前は一瞬でリカバーした。お前の本命はその一撃だ)
あの一撃は喰らってはいけない一撃だ。しかも、足を勢いよく踏み締めた事により、強烈な一撃を放つための力も増幅し、モーションも縮小されている。もう次の瞬間には、レイゼロールは拳を振り抜いているだろう。
(でも・・・・・・・てめえの思惑なんざ、最初から読み切ってるんだよ)
レイゼロールが構えに入った瞬間、影人も右足と右手を後方に引いていた。
「我が拳よ、全てを打ち砕け」
そして、一撃を強化する言葉を呟く。いつも通り、威力重視の方だ。
言葉を呟いた瞬間に、影人の右手に濃い闇が集中する。これで、影人とレイゼロールは同じ構え、同じく右拳による強烈な一撃を放とうとしていた。
「ッ・・・・・!?」
今度こそ、本当に驚いたようにレイゼロールはその目を見開く。だが、もうお互い動作をキャンセルする事はできない。
(どっちの一撃が強いか・・・・・・・・威力比べと行こうじゃねえか)
内心、影人はそう呟いた。
そして影人とレイゼロールはお互いに右拳を放った。同じ構え、同じモーションから繰り出された右拳は全く同じ軌道を描き、拳と拳は正面から激突した。
シュパァァァァァァァァァァァァンと、凄まじいまでの激突音が周囲に響いた。凄まじい威力の拳同士が激突した事により発生した衝撃波が大気を揺らし、木々を林を、世界を揺らした。影人の外套も、レイゼロールの西洋風の黒の喪服も激しくはためく。
「ッ・・・・・・!」
「くっ・・・・・・!」
影人とレイゼロールは衝撃波に耐えながらも、お互いの拳を打ち合わせていたが、やがてどちらもその衝撃波に耐えられずに、2人は後方へと弾き飛ばされた。
だが、無様に弾き飛ばされ醜態を晒す2人ではない。影人とレイゼロールはその高い身体能力で、空中で姿勢を整えると、華麗に地面へと着地した。
「ちっ・・・・・・・・同威力かよ」
「貴様・・・・・・・我の思惑を読んでいたな?」
影人がそう言葉を吐き捨てると、レイゼロールはジッと瞳を細め影人にそう言ってきた。
「・・・・・・はっ、だったらなんだ?」
影人はただ一言そう言葉を返した。
「・・・・・・・・どこまでも厄介な奴だと再確認しただけだ。その観察眼、その力・・・・・前に我と戦った時よりも、闇の力が拡張されているな」
レイゼロールはスプリガンが前に戦った時よりも、強くなっている事を感じた。無詠唱の力の行使に、常態的な闇による身体能力の強化、闇による眼の強化、さらに『加速』と『破壊』の力。
(・・・・・まだカケラを2つしか取り込んでいないとはいえ、今の我と同等の実力だとはな。スプリガン、貴様の力はいったいどれ程・・・・・・・)
レイゼロールが内心そんな事を思っていると、ザッザッと足音が聞こえて来た。レイゼロールが足音が聞こえた方に顔を向けると、3人の光導姫と守護者が現れた。
「「「レイゼロール・・・・・!」」」
「光導姫と守護者・・・・・・・追いついて来たか」
スプリガンの後を追い、ここまで登って来たアイティレ、ソニア、光司の3人は自分たちの宿敵を発見し、すぐさま警戒の姿勢に入っていた。
(・・・・・見たところ、いずれも最上位クラスの実力者か。カケラも回収し、スプリガン相手に今の我の力も試せた。ならば・・・・・・・・わざわざこいつらの相手をする義理もないな)
目的は果たした。もうこれ以上戦う必要もない。レイゼロールはこの場から離脱するべく、背に黒い翼を創造した。
そして、レイゼロールはその翼を羽ばたかせ宙へと踊った。
「ッ!? 待て、レイゼロール!」
空中へと浮いたレイゼロールに、アイティレが両手の銃を発砲する。レイゼロールは自身の前に闇色の障壁を展開すると、アイティレの銃弾を全て弾いた。
「・・・・・・目的は達した。さらばだ光導姫、守護者ども。そして・・・・・・・・スプリガンよ」
「チッ・・・・」
レイゼロールが空中から言葉を投げかける。その言葉を聞いた影人は、レイゼロールの目的が既に果たされた事を知った。どうやら、自分は間に合わなかったようだ。
そして、レイゼロールはどんどんとその高度を上げていき、どこかへと飛び去っていった。
(今回の仕事は、どうやらしくっちまったみてえだな・・・・・・・・・・)
飛び去るレイゼロールを見つめながら、影人は心の中でそう呟いた。
レイゼロールの姿はやがて完全に見えなくなり、その場には影人とアイティレ、ソニア、光司の3人が残されただけだった。




