第562話 歌姫オンステージ9(5)
「・・・・・・・響斬、この山を出るまでシェルディア様にスプリガンが出現したって言っちゃダメよ。いいわね?」
コソコソとした声で、キベリアは隣の響斬にそう伝えた。キベリアにそう言われた響斬は「?」とした表情を浮かべ、こう聞き返してきた。
「それはまた何でだい?」
「言ったら、私たちまたほったらかしにされる。これで十分でしょ」
「あー、それは嫌だな・・・・・・・・分かった、キベリアくんの指示に従うよ」
2人はコソコソとそう言い合い、シェルディアにスプリガンの事を伝えない事を決めた。
「子供? 誰よ、あの子」
「いや、俺に聞かれてもな・・・・・闇人たちに声を掛けたって事は、敵・・・・・・・じゃないのか?」
真夏と刀時は唐突に現れたシェルディアに、訝しげな表情を浮かべていたが、ただ1人、シェルディアと邂逅した事のあった風音だけは、目を見開き息を呑んでいた。
「ッ・・・・・・あなたが、また一体何の用ですか・・・・・・・・! 【あちら側の者】・・・・・!」
いつの間にか、風音の左眼には白いオーラのようなものが揺らめていた。この瞳のオーラは、光導姫の能力とは関係がない。この白いオーラは、風音の引く血が、目の前にいるシェルディアに反応したものだ。
「あら? あなたは・・・・・・・・・・ああ、この前見逃してあげた人間か。久しぶりね」
風音に気がついたシェルディアは、笑みを浮かべそう言った。風音の姿に、シェルディアは別段何の感慨も思わなかった。
「風音ちゃん? あの女の子のこと知ってるの?」
「【あちら側の者】・・・・・・? ちょっと待って、その言葉何かで見た気がする。確か、榊原家の古い文献に――」
風音の様子に刀時はそう質問をした。真夏に関しては、風音の言った言葉に引っかかりを覚えたのか、そんな言葉を呟いた。
「退きなさいな、あなたたち。邪魔をしてこないなら、見逃してあげるわ。私、面倒な、弱い者たちとの戦いは嫌いなのよ」
そんな人間たちの様子などどこ吹く風、といった感じでシェルディアは傲慢に新たにそう言葉を述べた。顔こそ笑っているが、その目は取るに足らない者を見下すような目であった。
「とりあえず、あのガキンチョが何であろうと・・・・・・・敵なのは間違いないみたいね。敵なら、1発ぶん殴ってやっても問題ないわよね・・・・!」
「ま、敵なら例え見た目が子供でも容赦はしねえよ。仕置の1つでもしてやろうぜ」
そんなシェルディアの言葉と目に苛立ったように、真夏と刀時は臨戦態勢を整えた。
(ッ!? 2人とも本気なの? 少女の姿をしているけど、あれは化け物よ・・・・・!?)
真夏と刀時の様子を見た風音は、内心そんな事を思った。2人には分からないのか。あの少女の姿をした者が、どれだけの力をその身に秘めているのかが。
だが、それも仕方のない事であった。シェルディアの真の実力を計れるのは、白いオーラをその左眼に纏う風音のみだからだ。そして風音はその事を知らなかった。
「へえ・・・・・やる気なの。忠告はしたわよ。それでも来るというなら・・・・・・・・・・いいわ、少しだけ相手をしてあげるわ」
「ッ・・・・・!」
シェルディアの笑みが凄絶なものへと変わる。その笑みを見た風音は覚悟した。もうやるしかないのだ。
「榊原さん、剱原さん! マズイと感じれば、逃げてくださいよ! 後、絶対に死なないでください! 今から戦う相手は、レイゼロールと同じかそれ以上の化け物です!」
「え? それマジ・・・・・・?」
「はっ! 相手にとって不足はないわ!」
風音はそう叫んで自身も臨戦態勢に入った。風音からそう言われた刀時と真夏は、それぞれの反応を示す。
――釜臥山での戦いは、まだ終わらない。




