第561話 歌姫オンステージ9(4)
「・・・・・・・・あなたたちはここで確実に浄化します。弱ったあなたを、私たちは逃がしはしません」
「・・・・小娘如きが言ってくれるわね。例え私が弱っていたとしても、あんたたちに簡単に浄化される程、私は雑魚じゃないわ」
厳しい視線を向けてくる風音に、キベリアは強気な笑みを浮かべそう言った。しかし、内心はこんな事を考えていた。
(クソッ・・・・・・・どうする? 魔力はもうほとんど使っちゃったし、魔法が使えてもあと1、2回だけ。しかも、もうレイゼロール様の造兵もいない。撤退しようにも、何でか「空間」の魔法は使えない。対して、向こうはまだ余力があるし、こっちを逃す気もない・・・・・・・ああ、もう。軽く詰んでるじゃない)
キベリアが内心軽く絶望していると、風音はさらなる絶望を与えるようにこう言った。
「ええ、そうですね。例え弱っていても、あなたは最上位闇人。前回、私はあなたにまんまとしてやられました。だから・・・・・私の本当の全力であなたを浄化します」
「「っ・・・・・!?」」
風音のその言葉に、キベリアと響斬の顔に警戒と絶望が入り混じったような色が浮かんだ。本当の全力、その言葉が示すもの。それは先ほど、一瞬だけ『提督』がなったあの姿と同義のものだろう。
一部の光導姫にしかできない、時間制限付きの完全な力の解放。キベリアと響斬も過去に、それをした光導姫と戦った事があるからわかる。それは、本当に厄介なものだ。
「我は光を臨む。力の全てを解放し、闇を浄化する力を」
風音に白色のオーラが纏われる。風音の言葉に連動するように、そのオーラも激しく揺らめいていく。
風音を中心として清浄な空気が周囲に満ちる。そして、風音は呟く。力ある言葉を。
「光――」
「――ああ、いたいた」
しかし、風音が力ある言葉を呟き終わる前に、どこか場違いな少女の声が突如として響いてきた。
「「「ッ!?」」」
その声を聞いた風音たちは、驚いたようにその顔を声のした方向に向けた。その際、風音の白色のオーラと清浄な空気は霧散していた。対して、キベリアと響斬は少女の声を聞いて、どこかホッとしたような顔を浮かべていた。
「2人とも、帰るわよ。興が削がれたわ」
山の上部の位置から1人の少女が現れた。緩く結ったツインテールに、豪奢なゴシック服を纏った少女――シェルディアだ。シェルディアはどこか不機嫌そうに、響斬とキベリアに向かってそう言ってきた。
「はー、やっとですか。正直、ぼかぁ死ぬかと思いましたよ」
シェルディアの帰宅宣言を聞いた響斬は、安堵したように息を吐き、刀を鞘に収めた。一方、キベリアはシェルディアの言葉に疑問を覚えた。
(興が削がれた・・・・・? どういう事? だって、シェルディア様が会いたがっていたスプリガンは、この山にいるのよ? だって言うのに、何であんなに不機嫌なの・・・・・・・・?)
キベリアにはそれが引っかかっていた。シェルディアはなぜこんなにも不機嫌そうなのか。目当てのスプリガンに会ったのならば、もっと機嫌がいいはずだ。
(・・・・・・・・・・もしかして、スプリガンと出会っていない? 何らかのすれ違いやアクシデントが起こったの?)
そして、キベリアはその可能性に思い至った。それならば、シェルディアの機嫌の悪さにも説明がつく。シェルディアはこの山に来れば、スプリガンと出会えるかもと期待していたのだろう。だが、スプリガンに出会わなかったので、不機嫌になっている。大方そんなところだろう。
(なら、シェルディア様にスプリガンがこの山にいるって情報は言わない方がいいわね。言ったら、またスプリガンを捜しに行くに決まってるわ。私は、さっさと帰りたいのよ)
もうシェルディアのワガママに振り回されて、死にかけるのはごめんだ。だから、キベリアはシェルディアにスプリガン出現の情報を伝えない事を決めた。




