第560話 歌姫オンステージ9(3)
つい先ほど、2人は何か強大な闇の力の揺らぎを感じた。しかもその揺らぎはかなり近場から、ほとんどこの山のどこかから、発せられたかのように思えた。そして、2人はその力の揺らぎの正体が何なのか見当がついていた。
「そろそろ観念して私に呪われなさい、闇人ども! 往生際は潔いっていうのが粋ってものよ!」
「完全にセリフが悪役じゃねえか・・・・・・だがまあ、こっちが有利なのは事実だ。レイゼロールの造兵も全部片付けたし、湧いてくる気配ももうねえしな」
キベリアと響斬に向かって、真夏がピシリと指を突きつける。そんな真夏に、刀時は呆れながらも自分たちサイドの有利を2人に向かって説いた。
刀時の言うように、もはやレイゼロールの造兵は1体たりとも、存在していなかった。これも単に刀時たちの戦いの賜物、と言いたい所だが、実は造兵の大多数を斃したのは、今はこの場にはいないアイティレだった。
スプリガンがこの場を駆け抜けた後、より一層に早く、レイゼロールを追わねばならないと焦った一同は、リスキーではあるが、この場に残って戦う3人と、レイゼロールを追う3人に分かれるという決断をした。この場に残って戦うのは、風音、真夏、刀時。レイゼロールを追うのは、ソニア、アイティレ、光司という形でだ。
そしてその際、アイティレは2分だけ「光臨」を使用。その場にいたレイゼロールの造兵を残らず殲滅すると、アイティレ達はキベリアの妨害などを潜り抜け、山の上部へと向かっていった。
アイティレたちが上部に向かう際に、レイゼロールの造兵を出来るだけ叩いていてくれたのだろう。それからは造兵の数も少なくなり、つい先ほど全ての造兵は風音、真夏、刀時の3人によって斃した事を確認した。
「まあ、それはその通りだけど・・・・・君にそう言われるのは何かムカつくなあ。スプリガンがいなかったら君、死んでたんだぜ?」
刀時の言葉を聞いた響斬は、どこか挑発するように言葉を述べる。先ほど、響斬に殺されたかけた刀時はスプリガンの乱入により、その命を救われた。そんな運によって今も生きている人物に、状況の有利不利を説かれるのは正直おもしろくはない。
ちなみに、響斬の膝蹴りによって鼻の骨が折れ鼻血を噴き出しまくっていた刀時は、風音に治癒してもらい、今はもう鼻も元通りになっている。スプリガンの強烈な拳打を腹部に受けた響斬も、内臓に多大なダメージを受けていたが、キベリアに治癒をしてもらっている。つまり、刀時と響斬はケガによるポテンシャルの低下を気にする事はないという事だ。
「ああ、そうだな。本当、カッコ悪いよ。敵だと感じていた奴に命を救われたんだからさ。正直、スプリガンには今後あんまり頭が上がりそうにない」
響斬の言葉を素直に認めた刀時は、ため息を吐きながらそう呟く。いつも通りのどこか軽い感じの口調。だが、刀時は急に真顔になるとこう言葉を続けた。
「でも、せっかく拾った命だ。もう何もかも一瞬の油断もしねえよ。寸毫の隙も与えねえ。こっからは全部本気で切り捨てる」
(ああ・・・・・こりゃ、こっからはどう逆立ちしても、今の僕じゃ勝てないな)
刀時の纏う空気が変わった。それを察した響斬は直感的にそう思った。今までは、様々な条件が重なり響斬に噛み合っていただけだが、これからは噛み合いすら起こりはしないだろう。今の響斬が刀時に勝つためには、明確にあの時に殺しておかなければならなかったのだ。




