第559話 歌姫オンステージ9(2)
「はー、つまらない。本当、つまらないわ」
不機嫌そうにシェルディアはそう吐き捨てた。その様子は、普段のシェルディアの様子とは全く違う。今のシェルディアは、触れれば全てを壊すような危険さがあった。
「レイゼロール、私はキベリアと響斬のところにちょっかいを掛けに行ってくるわ。まあ、まだ光導姫と守護者と戦ってるでしょうけど、どうでもいいわ」
「そうか・・・・・・・ならば、勝手にしろ」
「ええ、勝手にさせてもらうわ。それじゃあね」
シェルディアがそう言った瞬間、シェルディアの影がどこかに向かって伸びていった。月明かりの微かな光に照らされた影の伸びる先を見てみると、影は山の下部へと伸びているようだった。
そして、シェルディアは自身の影に沈みその姿を世界から消した。
「ふん・・・・・影に沈んでキベリアたちの元へと移動したか。あくまで影の中を進んでいるから、転移という扱いにはならないからな」
それでも、進む速度は現実世界の比ではないが。シェルディアという人外の化け物だからこそ出来る制約の穴を突いた方法だなと、レイゼロールは思った。
(さて・・・・・・・我もそろそろこの山から脱出しなければな。脱出の方法は――)
レイゼロールがこの山から脱出するための方法を2つほど考えていたその時、凄まじい速度でレイゼロールの前に1人の男が現れた。男はレイゼロールの姿を確認すると、「ッ!?」と驚いたような表情を浮かべ、レイゼロールから少し離れた所に立ち止まった。
それは運命の悪戯か。たった数瞬と言ってもいいような時間の差で、シェルディアはまたもレイゼロールの前に現れた人物と姿を合わせ会う機会を失った。シェルディアが影に沈み移動している間、地上の景色は確認できない。現れた男は急いでいたために、闇の中を進んでいた1条の影を確認する事が出来なかった。その事も2人が邂逅しなかった理由だ。
そして、その代わりに――レイゼロールとその男は幾度目かとなる邂逅を果たした。
「レイゼロール・・・・・・・・・」
「・・・・・来ていたか、スプリガン」
レイゼロールとスプリガンは互いの名を呼び合い、互いに厳しい視線を向け合った。
「・・・・・・なあ、キベリアくん。さっきの感覚、レイゼロール様が目的物を回収したって事だよね? なら、僕たちの役目はもう終わりって事で、撤退してもいいんじゃない?」
「ええ、そうよ。私だって、出来るものならさっさと逃げたいわよ・・・・・・・・・・でも、何でか知らないけど転移できないのよね・・・・・」
釜臥山下部。光導姫と守護者と戦いを繰り広げていた響斬とキベリアは、疲れたようにそう言葉を交わし合った。




