第558話 歌姫オンステージ9(1)
「え、ちょっ・・・・・って速!? もう姿が見えないよ・・・・・・・『侍』さんを助けてくれたお礼言いたかったのになー」
突如として、凄まじいスピードで姿を消したスプリガンに、ソニアはため息を吐いた。何が気に障ったのかは分からないが、そんなに急いで逃げる事もないではないか、と思ったのだ。
「奴のあの様子、何か引っかかるな・・・・・・・・・『歌姫』、『騎士』、私たちもスプリガンの後を追うぞ。どちらにせよ、レイゼロールの姿が未だに見えない以上、私たちも山の最上部を目指さねばならないからな」
スプリガンの様子に不審感を抱いたアイティレが、ソニアと光司にそう言葉を掛ける。アイティレの言葉に、ソニアと光司はそれぞれ頷いた。
「オッケー♪ なら急ごっか」
「はい、行きましょう」
こうして3人も、スプリガンの後を追いつつも釜臥山の頂上を目指した。
「――これで2つ目。響斬には、やはり感謝せねばならないな・・・・・・」
釜臥山の頂上付近、そこにある朽ちた小さな祠の前でレイゼロールはそう呟いた。
「よかったわね、レイゼロール。ここは素直に拍手を送っておいてあげるわ」
言葉通り、パチパチと手を叩きながらシェルディアが微笑む。レイゼロールの探し物の1つは、いま回収されたのだ。
「ふん、貴様からの拍手など恐怖でしかないな・・・・・・・・だが、今ばかりは受け取ろう」
シェルディアに拍手を送られたレイゼロールは、胡散臭いものを見るような目をシェルディアに向けたが、パチリとそのアイスブルーの瞳を閉じると、そう言葉を返した。
レイゼロールの探し物、その黒いカケラは今はもうその姿はない。カケラはあるべき場所へと――レイゼロールの中へと還ったからだ。
「調子はどう? やっぱりまだまだ変わらない感じかしら?」
「まあな・・・・・・だが、闇の力自体は多少は強化された。1つ目の時よりも、その実感はある」
自身の右手に視線を落としながら、レイゼロールはその美しい白髪を風に揺らす。まだ昔の自分には程遠い。だが、確実に昔の自分に近づいてはいる。
「目的は達成した。我はこの山から消える。・・・・・しかし、どうやらこの山の性質は我のカケラが原因ではなかったようだな。カケラは回収したというのに、空気は変わらない。転移も気配の隠蔽も、変わらずに出来ないからな」
「確かにね。なら、ここは元からそういう空気の土地なんでしょ。本当、面倒よね」
シェルディアはため息を吐きながら、この夜の闇に包まれたこの山を見渡した。レイゼロールがいま言ったように、カケラを回収したというのにこの山の性質、いや制約と言ってもいいかもしれない、それは何ら変化していない。未だに気配遮断のための力を練れないのがその証拠だ。
「しかも、結局スプリガンやフェルフィズの大鎌を持った謎の人物は現れなかったし。彼らが現れるかもって思って来たのに、とんだ無駄足だったわね」
心の底から残念そうに、シェルディアはそう言った。シェルディアがこの山に来た理由は、スプリガンやフェルフィズの大鎌を持った謎の人物と会えるかもしれないから、といったような理由だ。だが、その2人がシェルディアたちの前に現れる事はなかった。
しかし、実際はその2者はこの山を訪れていた。なんならば、スプリガンに至っては現在レイゼロールとシェルディアがいる場所に確実に近づいて来ている。レイゼロールとシェルディアがまだスプリガンに出会っていないのは、単純にタイミングの問題だった。




