第557話 歌姫オンステージ8(5)
(光導姫と守護者が現れた途端に引きやがった。なんか光導姫や守護者と会いたくない、もしくは戦いたたくない理由でもあんのか・・・・・・?)
黒フードの引き際に疑問を感じた影人は、内心そんな事を考える。引き際があったとすれば、先ほどの攻防の後だったはずだ。しかし黒フードは影人との戦闘を継続しようとする意志があった。だというのに、黒フードは光導姫と守護者が現れた途端に退却した。明らかに何かおかしい。
『さあな。まあ、俺もあの不審者の事は気になるが、引いたんなら今はどうでもいいだろ。後で女神の奴に報告すりゃあ、それでいい』
(まあ、そりゃそうだが・・・・・・・・)
確かにイヴの言う通り、黒フードが引いたのならば今はどうでもいい問題だ。影人はさっさとレイゼロールを追うという本来の仕事に再び戻ればいいだけ。
だが、自分と同じく正体不明・目的不明の怪人という特性の事もあって、影人は黒フードの事が気になっていた。
「逃げた・・・・・・? いや、それよりも・・・・・・・・・・スプリガン、貴様が現れた理由は何だ? まさか、貴様もレイゼロールを追っているのか?」
謎の黒フードの人物に疑問を抱きながらも、アイティレが警戒を全開にしたような目をスプリガンへと向けた。ソレイユとラルバのスプリガンに対する正式決定意見がなければ、アイティレは極秘裏に受けている本国からの任務をすぐにでも実行したかったが、残念ながら今のところそれは叶わない。
唯一、スプリガンが先にアイティレたちに攻撃してくれば、アイティレたちもスプリガンを敵と認定し攻撃する事が出来るが、周囲にソニアと光司という自分以外の光導姫と守護者がいるので、アイティレは挑発するといったような選択も取る事は出来なかった。自分から煽ったという事実が、ソニアや光司の口からソレイユやラルバに伝えられる可能性があるからだ。そうなれば、色々と厄介な事になる。
ゆえにアイティレに出来る事は、スプリガンに対してそう問いかけを行う事だけだった。
「・・・・・・・・・ふん、お前らにそれを教えてやる義理はないな」
対して影人は、スプリガンとして普段通り冷たい言葉でアイティレたちに対応した。アイティレたちは影人が攻撃をしない限り攻撃してくる事はない。だからというわけではないが、影人は普段通り冷たく、時には攻撃的な言葉を使うという、スプリガンの言動を変える気はなかった。
「んー、あなたは中々難しい人みたいだね、スプリガン。もうちょっと、お話ししてくれてもいいんじゃないかな?」
影人の発言に『歌姫』こと、今日の昼間に邂逅したソニアがフレンドリーにそう言葉を返してきた。
(歌姫サマか・・・・・会ったのはさっきぶりで、本当なら愚痴の何個か言ってやりたい所だが・・・・・・・・・光導姫としてのスタンスは、どっちかって言うと聖女サマとかそっち寄りって感じか?)
ソニアの融和的な言葉を受けた影人は、内心そんな事を思う。影人の内心の呟きを聞いたイヴは『ああ? お前『歌姫』と面識でもあんのか?』と聞いてきたが、そういえばイヴが宿るペンデュラムは家に忘れていたので、イヴは影人とソニアが会ったという事を知らないのだ。家に帰って来てすぐにこの山に来たので、話す暇もなかった。まあ、その事は後で話してやればいいだろう。
(つーか、ちんたらこいつらと話してる時間はないんだよな。さっさと適当な言葉言って頂上を目指さねえと・・・・・・)
立ち塞がっていた黒フードが消えた今、影人は早くレイゼロールの後を追わなければならない。ここでダラダラと問答をしている暇はない。
「・・・・・・・・必要がない。後、俺はお前らに構っている暇もない。じゃあな――」
影人がクルリと回りそう言おうとした時、影人をある感覚が襲った。
「ッ・・・・・・!?」
凄まじい闇の力の揺らぎ。影人はそれを感じ取った。
それは1度感じた事のある感覚。以前に影人がこの感覚に襲われたのは、この前の冥と殺花の戦いの時だ。しかし、あの時よりも闇の力の揺らぎは遥かに強いものに感じられた。
そう、まるで今回はその力の揺らぎの爆心地にでもいるかのような。
(何だ・・・・・何か・・・・・・・・何か嫌な予感がする!)
そして気がつけば、
影人は全速力で山の頂上目掛けて駆け出していた。




