第552話 歌姫オンステージ7(5)
(とりあえずジャージの闇人を1発殴って、後は適当に抜けるか。レイゼロールの造兵どもも、邪魔になるようなら蹴散らす)
速すぎる世界の中、影人はそう思考した。本来ならば、この速度で動けば視界はよく見えなくなるはずだが、しかし影人には世界がスローモーションに見えていた。先ほど、『加速』と同時に眼を闇で強化していたからだ。
影人はまず響斬の方に肉薄すると、響斬の腹部に右のストレートを打ち込んだ。その際、響斬の右手と刀を拘束していた鎖を解除する。身体能力を闇で強化された影人の一撃をモロに喰らった響斬は、「がっ・・・・・!?」と苦悶の声を上げて、数十メートル先に吹っ飛んだ。これで、殺されそうだった守護者は大丈夫だろう。
影人は響斬をぶっ飛ばすと、そのまま視力とスピードを全開にし、造兵の軍団へと向かっていく。無駄な力はあまり使いたくはないので、基本は避けながら進んでいくが、どうしても邪魔な造兵がいた場合は、殴って骨を砕いていった。
影人の体感にしては10秒ほどといったところだが、実際の時間としては2秒か3秒ほど。たったそれだけの時間で、影人はこの戦場を抜けた。
「は・・・・・・・・・・? い、いつの間に・・・・・・!?」
1番最初に声を上げたのは真夏だった。気がつけばスプリガンは山の上部の方にいた。位置的にスプリガンに最も近かったのが真夏だったからだ。
「「「「「なっ・・・・・・!?」」」」」
アイティレ、風音、ソニア、光司、キベリアも真夏に一拍遅れ驚愕したような表情を浮かべる。響斬は影人にぶっ飛ばされたので反応はなく、刀時もまだ少し混乱していたようで、反応はなかった。
「・・・・・・じゃあな」
眼の強化の解除と加速を解除した影人は、チラリと後方を振り返りそう呟くと、山の上部へと向かって再び走り始めた。
「ま、待てッ! スプリガン!」
光司が後方からそんな言葉を掛けてきたが、影人はその言葉を無視した。
(とりあえず、後はレイゼロールを追うだけだな)
戦場を抜けた影人は、途中遭遇したレイゼロールの造兵どもを蹴散らしながら、山道を走り続けていた。今のところ自分の位置は、山の半分以上を超えた辺り、6合目か7合目くらいか。
(レイゼロールが目指してるのはたぶん頂上だよな。今のところ出会ってないってなると、そうとしか思えねえ。ちっ、今レイゼロールの奴はどれくらいの位置にいやがるんだ・・・・・)
戦場自体は無理矢理にはなったが、かなり早く突破したのでロス時間はあまりないはずだ。しかし、未だにレイゼロールの後ろ姿や足音も聞こえないとなると、自分とレイゼロールはかなり離れているという計算になる。
「・・・・・・・・・あいつと当たるまで、体力と力の方は出来るだけ温存しておこうと思ってたが、仕方ねえ。『加速』を使って一気に距離を縮め――」
影人がそう呟こうとした時、
――不吉は突如として訪れた。
「ッ!?」
山道を駆けていた影人の前に、黒いフードに身を包んだ謎の人物が立ち塞がる。その黒フードの人物は右手に黒い、刃までもが黒く染まった凶々しい大鎌を携えていた。
その姿は謎の人物が携えている武器と相まって、死神という存在を想起させた。
「・・・・・・・・・・」
そして、その死神は向かって来る影人に向かって、何の躊躇いもなくその大鎌を振るってきた。
「ちっ・・・・・・!」
影人は急停止して、その攻撃をバックステップで避けた。
「・・・・・・・・・・・誰だ、お前は?」
急に攻撃を受けた影人は、謎の黒フードの人物に警戒の視線を向けてそう問うた。光導姫や守護者は影人が先に攻撃しない限り、影人に対して今は攻撃できないはずだ。それが、ラルバと会議で決まった意見を元に取り決めた決定だと、ソレイユは言っていた。
(って事は、こいつは光導姫や守護者じゃないのか? そうであるなら・・・・・・・こいつも闇人か?)
黒いローブから覗く手を見るに、恐らくは男だ。だが、この死神のような人物が何者なのか影人には分からなかった。
『ッ!? あの大鎌は・・・・・・・マジかよ・・・・・!』
(イヴ・・・・・・・・・・?)
しかし、イヴは何かを知っているように声を震わせた。そんなイヴの様子に影人は疑問を抱く。
『おい影人、よく聞け! あの大鎌から絶対にダメージを受けるなよ! でなきゃ、死ぬぞ・・・・・!』
(は? どういう事だよ? お前、こいつについて何か知ってんのか?)
警戒感を全開にしたような声でイヴは影人の内からそう言った。イヴの言葉の意味がまだ正確には理解できなかった影人は、心の内でイヴにそう質問をした。
すると、イヴは影人の質問にこう答えた。
『あの黒フードの事は知らねえよ。ただ、あいつが持ってる武器・・・・・・・・あの忌み武器を俺は知ってる』
そして、イヴはその忌み武器の名を影人へと教えた。
『あれは「フェルフィズの大鎌」。遥か神代の時代に失われたはずの・・・・・・神殺しの大鎌だ・・・・・・!』
(神殺しの大鎌・・・・・・・・・?)
その聞き覚えのない言葉に、影人は内心おうむ返しにそう聞き返しただけだった。
――かくして、
この場において、2人の正体不明・目的不明の怪人は相対した。




