第54話 奸計(2)
「てめぇ・・・・・! 俺になにをしやがった!?」
闇夜。日本は東京の郊外。
自分の胸を右手で押さえながら、中年一歩手前の男は目の前の西洋風の喪服を纏った女を睨み付けた。
男はいわゆるクズであった。その刹那的な性格から強盗殺人をしたこともあり、自分のギャンブル代のために、お年寄りから詐欺で金を巻き上げる。そしてまだ警察には捕まっていない。そんな男だった。
「・・・・・・答える義理はないな、人間」
凍えるような声音で西洋風の喪服を纏った女――レイゼロールは目の前の男にそう告げた。
「ふざけんなよ! てめえ!!」
夜道を歩いてたら、突然この女に男は体に手を突っ込まれた。しかし、体には傷や穴も空いていなければ、血も出ていない。その非現実さに男は混乱していた。
そして男はレイゼロールの心底どうでもよさそうな態度に極度の怒りを感じた。右手を大きく後ろに振りかぶる。男はレイゼロールの顔めがけてその拳を放つ。
「・・・・・・・随分と生きの良い奴だ」
しかし、
「なっ・・・・・・・!?」
レイゼロールが一瞥しただけで、その拳はピタリと空間に固定されたように制止した。
「な、何だよこれ!? 一体どうなって――」
「・・・・・・うるさい。死にたくなければその口を今すぐ閉ざせ」
「っ・・・・・・・!?」
その言葉を聞いた瞬間、先ほどまでの威勢が嘘のように男は顔を青ざめ、口を閉じた。
本能が理解した。この女は躊躇無くその言葉を実行すると。そして自分を殺すことなど他愛のないことだと。
男は初めて心の底から本当の恐怖を味わった。
「・・・・・・存外、物わかりがいい」
レイゼロールが温度のない瞳で男を見る。恐怖で言語を禁じられた男にレイゼロールは1人でに話し続ける。
「貴様の濁った欲望を利用させてもらう。貴様の役割は、簡単に言えば檻と扉だな。・・・・・・・以上だ」
パチン、とレイゼロールは指を鳴らした。
すると、
「ぐっ・・・・・・!? あ、あああああああああああああああああああああああああ!!」
男は突然大声を上げ苦しみ始めた。
そして男の肉体が徐々に変化していく。それは内側から自らの欲望、すなわち人間の負の側面のエネルギーの暴走が原因だった。
「・・・・・・・・・・」
レイゼロールは懐から拳1つ分ほどの不思議な石のようなものを取り出した。その石のようなものが不思議というのは、その色だった。
それは色が8~9割ほどが黒く染まり、残りは透明という何とも奇妙な色の割合だ。
レイゼロールはその石のようなものを肉体が変化していく男の方に近づける。すると、男から黒い粒子のようなものが吹き出し、その粒子はレイゼロールの持つ石のようなものに吸い込まれていく。
1つ変化が訪れた。それは微々たるものではあるが、石のようなものの黒の割合がほんの少しだけ増したのだ。
「・・・・・ふむ」
もう用がないとばかりに、レイゼロールはその石のような不思議な物質を大事そうに懐に戻した。
そしてレイゼロールは肉体が完全に変化した男に目を向ける。完全に人ではなくなったその怪物は、光導姫や守護者が闇奴と呼ぶものだった。
「・・・・・後は好きにしろ」
「・・・・・・!」
レイゼロールの言葉を理解したのか、闇奴は欲望と衝動のままどこかへと走り去っていった。
「・・・・・・・くっ」
残されたレイゼロールはふらついたように近くの電柱に手をつけた。
「・・・・・少し力を使いすぎたか」
先ほどの仕込みでレイゼロールはかなりの力のリソースを割いた。このような事だけでふらつく自分の貧弱さが情けなくもあり、腹立たしい。
「・・・・・・当然か。我の力はあの時より――」
自嘲めいた言葉を吐きながら、レイゼロールはその場から姿を消した。
「! 闇奴ですか・・・・・・」
ソレイユは東京郊外に闇奴が発生した気配を神界で察知した。
今回出現した闇奴は気配が通常の闇奴よりも少し大きい。おそらく獣人タイプだろうとソレイユは考えた。
(陽華と明夜の担当範囲でありますが、2人では少し荷が重いかしら?)
ソレイユは陽華と明夜が歴代でも最高の光導姫としての素質があると考えているが、彼女たちはまだ経験と実力が圧倒的に足りていない。光導姫になってまだ1ヶ月少しなのだから当然と言えば当然だ。
(守護者の彼がいるとはいえ、実際に浄化するのは2人ですし――ッ!)
逡巡している間にソレイユは闇奴の周囲に結界が展開されていることに気がついた。そしてそれは光導姫と闇奴が戦闘に入ったことを意味している。
「一体誰が・・・・・・?」
ソレイユは光導姫の気配を探る。それは気配というよりかは、光導姫ごとに違う力のパターンなどが複合した一種の識別信号のようなものなのだが、ソレイユは自らの権能の1つとしてそれらを知り、探ることができる。
(なるほど。いま闇奴と対峙しているのは光導姫アカツキ)
すぐに光導姫のランキングが記されたウインドウを出現させ、上から順に目を通す。すると25位の欄にアカツキの名前が記されていた。
「やはり彼女はランカーでしたか。それならば――」
ソレイユは陽華と明夜に闇奴出現を知らせる合図を送ることを決めた。
そして彼女たちを影から助ける者――スプリガンこと帰城影人にも。




