第537話 歌姫オンステージ5(1)
「・・・・・・抜かったものだ。まさか、この山が面倒な性質の場所だったとはな・・・・・・・・・」
光導姫や影人たちが釜臥山にやってくる少し前、釜臥山を駆けながら、レイゼロールはそう呟いた。
(気配隠蔽の強制解除に、この山中での転移の禁止。しかも気配隠蔽に関しては、この山にいる限り再び掛け直す事が出来ないときている。これでは、光導姫や守護者がやって来るな。面倒な誤算だ)
この山の性質、空気というのは少々特殊なようだ。普通の人間ならば何も感じないのだろうが、レイゼロールにはそういった事が実感として理解できる。特に自分にとっては、それらが明確なデメリットに転じている。
本来ならば、ソレイユやラルバに気がつかれないように目的物があるかを確認するだけだった。そのためにレイゼロールは、足止め要員に冥や殺花を伴わずに、気配隠蔽を使える自分1人でこの場所にやって来たのだ。ゆえに戦闘は起こらないはずだった。
だが、この場合だと戦闘は起こるだろう。レイゼロールが出現したとなれば、ソレイユとラルバも最上位クラスの光導姫と守護者を何人か送って来るに違いない。別に最上位といえども光導姫や守護者たちにレイゼロールが遅れを取るという事はないが、時間はそれ相応に割かれてしまう。出来るだけ早く目的物の有無の確認をしたいレイゼロールにとって、それは出来れば避けたい事態だ。
「・・・・・・全く、これで目的物が無ければとんだ無駄骨だな――ッ!?」
レイゼロールがそんな事を呟いた時だった。突如として後方から一陣の風が迫って来た。レイゼロールは警戒してつい足を止める。そして一陣の風はレイゼロールへと追いついて来た。
「――この前ぶりね、レイゼロール。面白そうな予感がしたから来ちゃったわ」
「・・・・・・・・シェルディアか」
その風の正体は1人の少女の姿をしたモノ、シェルディアだった。レイゼロールは警戒を解きはしたものの、今度は訝しげな視線をシェルディアに向けた。
「何の用だ、とは言わん。どうせ冷やかしだろう。だが、1つ疑問があるな。なぜ、お前の気配隠蔽は解除されていない?」
レイゼロールはシェルディアの目的については触れず、そんな質問を1つシェルディアにぶつけた。シェルディアも普段はレイゼロールと同じように、その強大な気配を隠蔽しているが、シェルディアからは何の気配も感じられない。全ての気配隠蔽が強制解除されるこの山でだ。レイゼロールにはそれが疑問だった。
「ああ、それは簡単よ。私は昔1度この山に来たことがあったの。その時にこの山の性質を理解したから、今回は山に入る前にちょっとだけ『世界』を応用して、私の気配を漏れ出ないように調整したの。まあ、『世界』の応用だから力を使った時は、多少気配が出たでしょうけど、近くにあなたがいたから、ソレイユとかは気がついてないはずよ」
「ふん・・・・・・・・・相変わらずの化け物ぶりだな」
シェルディアの答えを聞いたレイゼロールは、内心呆れていた。シェルディアは何でもないように言ったが、シェルディアのやった事は絶技である。シェルディアがどのように『世界』を応用して、気配を遮断しているかはレイゼロールにも詳細には分からないが、結果としてシェルディアの気配は漏れていない。それが事実だ。




