第536話 歌姫オンステージ4(5)
「これは・・・・・・・・・・山か?」
転移した影人の目の前に最初に飛び込んできたのは、闇夜にそびえ立つ巨大な山であった。
「おい、ソレイユ。ここどこだよ?」
『そこは青森県の恐山山地にある釜臥山です。あなたの目の前にある山がそうですね』
「青森県? 恐山? マジかよ・・・・・・レイゼロールの奴も、また辺鄙な場所に現れたもんだな」
恐山。その場所は影人も軽い知識だけなら知っている場所だ。曰く日本三大霊場の1つ。そしてイタコが有名。
「というか恐山山地って事は、恐山は1つの山の名前じゃないのか。それは知らなかったな・・・・・」
そう。実は影人が言ったように恐山というのは、1つの山の名前ではない。いや、正確にはその中心にある火山を恐山というのは間違っていないのだが、恐山とはその外輪を囲む山からなるものでもあり、その総称を恐山、又は恐山山地というのだ。そして影人の前にある釜臥山は、標高879メートルの恐山山地でも最高峰の山である。
『影人、すみませんが少し急いでください。今はあまり時間は――ッ!?』
「どうしたソレイユ?」
ソレイユが何かに気がついたように言葉を中断させる。影人は少し真面目な口調でそう聞いた。
『新たなる闇の気配が1つ発生しました! 気配の大きさから見て最上位闇人です!』
「ちっ、また最上位かよ! ったく、ボスクラスの奴らがそんなにホイホイ出てくるんじゃねえよ・・・・・・・・!」
影人は軽くそう毒づきながら真っ暗な山に向かって走る。この山の中での戦いは、もう恐らく始まったのだ。最上位闇人の気配の唐突な出現はそれを意味しているとしか思えない。
「変身」
走りながら黒い宝石のついたペンデュラムを持った影人はそう呟いた。すると黒い宝石が夜の闇よりもなお濃い黒い輝きを放つ。黒い光とペンデュラムが消失すると、影人の姿は変化していた。
鍔の長い帽子、黒の外套。深紅のネクタイに紺のズボン。足元を飾るは黒の編み上げブーツ。
そして前髪の長さが変わった事により、露わになる端正な顔。両目に輝くは金色の瞳。
――すなわち、スプリガンへと。
「・・・・・・面倒事はさっさと終わらせる」
『ははっ、そう言うなよ影人。久しぶりな戦闘の匂いだ。もっと気分を高揚させようぜ。敵は全員蹂躙して殲滅だ!』
「どこの悪役だよ・・・・・・・・・・俺は別に悪役じゃない。もちろん善人でもないがな。・・・・・俺は揺蕩う中間者だ。蹂躙も殲滅も、必要がなければしねえよ。俺がやるのは、言われた仕事だけだ」
面白がるようなイヴの言葉に、影人は冷たい口調でそう答えを返す。そんな影人の言葉を受けたイヴは、『くくっ、そうかい。なら、それでいい。やっぱりお前はしっかりイカれてるぜ』とよく分からない事を言いながら、満足気に笑っていた。
そんな会話をしながら、影人とその力の意志は釜臥山へと足を踏み入れた。




