第53話 奸計(1)
「おいおい、何を言い出すかと思えば。俺を疑ってるのかい、しえら」
夕日が差し込む喫茶店「しえら」にラルバのおどけたような声が響いた。
影人も去った今、店内にはこの店の店主であるしえらと守護者の神、ラルバしかいない。そのためだろうか、ラルバの声はどこか空虚に聞こえる。
「・・・・・・・」
ラルバの反応にしえらはただただラルバを見つめてくるだけだ。その目は猜疑の色を多分に含んでいた。
「確かに俺の所にもそういった噂は流れてきたさ。でも考えてみてくれよ。そもそも光導姫以外に闇奴は倒せない。その闇奴や闇人を狩る、つまり殺すなんて事が出来る奴がいるなら、それこそ今までの常識がひっくり返るぜ」
ラルバがミルクティーを啜り、片目を瞑りながら答えを返す。そのキザな仕草がラルバにはどこかとても様になっていた。
「そもそもウチの4位は見た目こそ黒フードだし、獲物も大鎌だから俺が機知に富んだ意味も込めて『死神』って名前を授けたんだ。そこに特別な意味はないし、そいつが4位と特徴が被っているからといって俺を疑うのはちょっと短絡的すぎやしないか? 一応、俺は神だし、あいつは守護者だ。そんなことをする意味はないはずだろ」
「・・・・・・・そうね、別に言ってみただけ。気にしないで」
ラルバの説明にしえらは意外にもあっさりと引き下がった。その態度の変わりようにラルバは思わず頭をガクッと下げた。
「・・・・・・・おいおい、俺が言うのもおかしいけど、それでいいのかよ」
「・・・・・・言ったでしょ、言ってみただけだって。そもそも私、あなたのこと信用してないから・・・・・」
「はっきり言うねえ・・・・・・」
しえらの物言いにラルバは苦笑するしかない。
ラルバはしえらのとのつき合いは、そこそこ長いが未だに彼女にはこの通り信用されていない。その理由は、ラルバにも思い当たるふしは数個あるが、正確にはまだわかっていない。
「ま、その件は俺もできるだけ調べてみるよ。つっても今の所、噂の範囲を出てないけど。それよりも、俺が気になってるのはもう1つの件だ」
打って変わって、急に真剣な表情になるラルバ。それは今まで見せていた気の良い青年の表情ではなく、何千年も生きる神としての表情だった。
「・・・・・・もう1つの件?」
「しえらもこっちは知らないか。まあ、それもそうかな。そいつが確認されたのは、本当につい最近だから」
「・・・・・・待って、店を閉めるから」
ラルバの真剣な雰囲気を悟ったしえらが、その細く白い腕で店の前に「closed」のプレートを立てかける。当然店じまいには早いが、仕方ないだろう。
店を閉めたこともあり、しえらはラルバの隣の席に腰掛けた。至近距離からしえらの濡れたような艶やかな髪と、その対比のように白すぎる肌を見たラルバは思わず、感嘆の声を漏らした。
「・・・・・しえらって本当きれいだよね」
「・・・・・閉め出すわよ」
「ごめんごめん。・・・・・なら話そうか」
どうやらラルバの言葉はお気に召さなかったようだ。ラルバはしえらに店を追い出される前にそのもう1つの件、スプリガンのことについてしえらに話した。
最近現れたもう1人の謎の人物について、ラルバが知ってる範囲のことを全て話し終えると、しえらは考え込むような素振りをした。
「・・・・・・・なるほど、確かにそれは怪人。でも、少なくともその人は光導姫を2回も助けてる。闇の力は確かに気になるけど、そこまで警戒する必要があるの?」
「しえらの意見はわかるよ。でも、件の彼の目的や素性が謎に包まれている間は俺は警戒するべきだと思う。それが光導姫を守る守護者の神としての判断だ」
しえらの言い分を尊重しつつも、ラルバは自分の考えを曲げる気はさらさらなかった。しえらもラルバの口調からそのことを悟ったのか、何も言ってはこなかった。
「・・・・・・そう。色々と難しいわね」
「ああ、全くだよ」
しえらの感想にラルバは疲れたような笑みを浮かべた。




