第529話 歌姫オンステージ3(4)
『ソニアッ! もう約束の1時間はとっくに過ぎてるわよ! 私、時間厳守って言ったわよね!? 今日も予定がいっぱいあるんだから! 今すぐ帰って来なさい! いいわね!?』
「レ、レイニー・・・・・」
着信に応えた瞬間、電話から英語の怒鳴り声が聞こえてきた。電話を掛けてきたのは、ソニアのマネージャーのレイニアだった。
ソニアはレイニアの怒った声を聞きながら、チラリと腕時計に目を落とした。見ると、時間は約束の1時間から15分も過ぎている。これではレイニアが怒り狂うのも無理はない。
「も、もう少しだけ待ってくれない? 今、とっても大事な場面で――」
ソニアは影人の方を見ながら、レイニアに英語でそう伝えた。奇跡的に彼に会えたのだ。残念な事に、どうやら影人はソニアの事を忘れているようだが、話をすればソニアの事を思い出すはずだ。そして、その話をするには多少の時間がいる。
『今一番大切なのはスケジュール! これ以上に大事なものなんてないわ! あなたがいる学校の近くに車を用意してあるから、それに乗ってさっさと戻って来なさい!』
「は、はーい・・・・・・・・」
しかし、怒り狂ったマネージャーはソニアのお願いをバッサリ却下した。ダメだ、こうなったレイニアはいくらソニアがお願いしても、絶対にわかったとは言わない。それに元々悪いのは、約束の時間を守らなかったソニアだ。正論はレイニアにある。
(ああでも、せっかく会えたのに・・・・・)
ソニアは惜しむように影人を見た。当時と違い、影人はなぜか顔の上半分を覆うほどに前髪を伸ばしているが、フルネームを確認した限り、この少年がソニアの記憶にいるあの少年である事は間違いないのだ。
だが、今話す時間はない。しかし、ソニアは影人とまた久しぶりに話がしたい。となると、残る手段は1つしかない。
ソニアはいつも持ち歩いている手帳とペンをジーンズのポケットから取り出すと、素早く数字とアルファベットの羅列を手帳に書いていった。そして全てを書き終えると、手帳のページを破り、その紙を影人に手渡した。
「はいこれ! 私の携帯番号とプライベートのメールのアドレス! とりあえず今は時間がないから、これだけ渡しとくね! どっちでもいいから、後で連絡してほしい! 絶対お願いね!?」
「は・・・・・・・・・・・?」
ソニアに無理矢理紙を手渡された影人は思わずポカンと口を開けてしまったが、ソニアはそんな影人にそれ以上構う事はなく、校門へ向かって走り出した。最後に、当時呼んでいた呼び名で影人の事を呼びながら。
「また話そう! 絶対私の事思い出させるから! じゃあね、影くん!」
「影? って、ちょっと! こんなもの貰っても困――」
驚きから再び立ち直った影人が、ソニアにそう抗議しようとしたのだが、ソニアの姿はもう影人たちの視界から消えてしまっていた。
「後で連絡してこいって・・・・・・どういう事だよ」
ソニアがいなくなった後、影人はソニアから手渡された紙を見つめながらそう呟いた。いま影人の手には、世界の歌姫にして光導姫ランキング2位『歌姫』と個人的に連絡する事が可能な情報がある。ソニアのファンならば、発狂するほどのお宝なのだろうが、別にソニアのファンではない影人からしてみれば、欲しいというものではない。いや、どちらかというと、正直いらない。こんな物をもらっても、困るだけだからだ。




