第528話 歌姫オンステージ3(3)
(いや、落ち着け俺・・・・・こういう訳の分からん出会いは聖女サマとかで経験したはずだ。とりあえず俺は呪われている)
だが、非常に悲しい事ではあるが、前髪野朗はこういった事態には経験が既にあった。ゆえに、すぐに冷静さを取り戻す事が出来た。今、自分が疑問に思う事は、「なぜ『歌姫』が影人を人気のない場所に連れて来たのか」これだけでいいはずだ。相変わらず、メンタルだけは色々と凄まじい前髪である。
「こ、これって夢じゃないよね!? もしくは何かのドッキリ!? あ、あのソニア・テレフレアが本当に目の前にいるなんて・・・・・・」
一方、前髪とは違ってメンタルが普通の暁理は、未だに混乱していた。まあ、それが普通だろう。いくら過去に同じような経験があったからといって、すぐに冷静さを取り戻した影人が異常なだけであって、暁理の反応は本当にごく普通に正しいものだ。
「わっとっと! ごめんだけど、あんまり大声は出さないでほしいな? 一応、ここにはプライベートで来てるから!」
ソニアは再びキャップとメガネを装着して、春子の時と同じように暁理に両手を合わせてそう言った。ソニアにお願いされた暁理は、ようやく少し冷静さを取り戻したのか、「あっ、わ、分かりました・・・・・・」と首を上下に振った。
「・・・・・・・・それで、歌姫サマがいったい俺に何の用ですか? わざわざ人気のない場所に来た理由は理解できましたが・・・・・・」
影人は前髪の下で警戒するような目をしながら、ソニアにそう質問した。ソニアが人気のない場所に来たかった理由は分かった。ソニアは超有名人。あそこで変装を解けば、周囲の人間に大いに騒がれていただろう。ソニアはオフでここを訪れているといったから、騒ぎになるのは嫌だったのだろう。だから、人気のない場所に来た。それは分かる。だが、肝心の影人に何の用があるのか、それが分からない。
「っ・・・・・・・・わ、私の事、覚えてない・・・・・?」
影人の質問を聞いたソニアは、なぜかショックを受けたような顔でそんな事を聞き返して来た。
「? 何を・・・・・・そもそも、俺とあなたは初めて会ったと思いますが・・・・・」
影人は意味が分からないといった感じで答えを返す。ソニアの言い方だと、まるで自分たちが過去に会った事があるかのようだ。そして、影人にはソニアと会った事のある記憶はない、はずだ。
「そ、そっか・・・・・・・・・忘れちゃってるか・・・・・あ、あはは・・・・・ちょっと、いやかなりショックだなー・・・・・・・・・・」
「忘れてる・・・・・? あの、それってどういう――」
表情が暗くなったソニアの呟きを聞いた影人が、質問をしようとした時だった。突如、携帯電話の着信音が体育館裏に響いた。
「あ、私だ。ちょっとごめんなさい。はい、もし――」
どうやら鳴ったのは、ソニアのスマホのようだった。ソニアは掛けてきた相手の名前を見ずに、急いで電話に出た。




