第526話 歌姫オンステージ3(1)
「・・・・・・? あの、俺に何か用ですか・・・・・・・・?」
突然何者かに自分の手首を掴まれた影人は、訝しげな表情を浮かべながら、そう言った。自分の手首を掴んできたのは、どうやら同年代の少女のようで、白いキャップを被り、メガネを掛けたその少女は、オレンジ色に近い金髪が特徴的だった。
「え? ま、前髪長っ、こ、これじゃあ顔が・・・・」
振り返った影人の顔を見たソニアは、驚き焦ったようにそう呟く。久しぶりに会った影人は、前髪に顔の半分が支配されていて、全く顔が分からない感じになっていた。おそらく、彼がソニアの記憶にいる帰城影人なのは間違いないのだろうが(名前などから考えるに)、いかんせん顔という1番の決め手が見えないので、ソニアにはこの少年が帰城影人であるという確証は持てなかった。
「し、知り合いかい影人? それとも、君が何か落としたとか・・・・・?」
影人の隣にいた暁理が驚いたように目を瞬かせる。見たところ、影人の手首を掴んできた少女は自分たちと同年代。そして、ここは影人の母校でもあるので、影人と同じようにお祭りを訪れた当時の知り合いなのでは、と暁理は考えていた。もしくは今いったように、影人が何かを落として、それを見ていたこの少女がそれを拾ってくれたのかと。
「いや、別に何も落としてないと思うが・・・・・・で、すみません、ご用は結局なんでしょうか?」
「あっ、ええと、その・・・・・・・・す、少し確認させて欲しいんですけど、あなたのフルネームは・・・・?」
未だに自分の手首を掴んでいる少女に、影人は再びそう問いかけるが、少女は何かに戸惑ったようにそう質問を返して来るだけだった。
「・・・・・・? 帰城影人ですけど・・・・・・・・・」
「ああ、やっぱり・・・・・・・・・あの、ちょっとだけこっちに来てください!」
「は? って、ちょっと!?」
影人の名前を確認した少女はそう呟くと、突然影人の手首を掴んだまま走り始めた。影人は意味不明の事態に驚きそう声を漏らすが、手首を少女に掴まれているため、必然、影人も少女に釣られるように走らざるを得なかった。
「え、影人!? ちょっと、君なんなのさ!」
いきなり目の前で友人が謎の少女に連れて行かれた暁理は、そう叫びながら少女と影人の後を追った。影人の手首を掴んだ少女は、先ほど暁理が行こうと言っていた体育館の方へと向かっていく。
そして、少女と影人は体育館の横の細い道へと曲がっていった。
「はあ、はあ・・・・・で、いきなり僕の友人を連れ去って何なんだい君は? 事と次第によっちゃ、僕は何するか分からないよ。幸い、君が来たここは人の目もないしね」
暁理は、彼女にしては珍しく怒ったような顔で静かにそう言った。心なしか、目も据わっている。しかし、それも当然だ。暁理の大切な少年が連れ去られようとしたのだ。暁理は警戒と怒りを隠さなかった。
少女と影人を追って暁理がたどり着いた場所は、いわゆる体育館裏という場所だった。今日はお祭りという事もあって、体育館内は多少騒がしいが、ここは至って静かで周囲には自分たち以外人は誰もいない。ゆえに、少女が何かしようものならば、手荒な選択を取る事も不可能ではない。
「いや、私は別に彼に乱暴な事をしようとかは思ってないの! ただ、あそこは人の目があったから、キャップとメガネを取れなくて! だから、人目がないこの場所に来たってだけ!」
ソニアは焦ったように暁理にそう弁明した。ソニアからしてみれば、あそこで変装を解いて影人と話をすれば、周囲は自分に気がつくと思ったので、人が少ないだろうこの場所に移動しただけなのだが、事情を知らない暁理からしてみれば、ソニアの言っている事は意味不明だった。




