第520話 歌姫オンステージ2(1)
「確かに俺の名前は帰城影人ですけど・・・・・・・・・あの、何で俺の名前を・・・・・?」
初老の女性教師に自分の名前を呼ばれた影人。その事に驚いた影人だったが、女性教師がなぜ自分の名前を知っているのか疑問に思った影人は、女性教師にそう聞き返していた。
「やっぱり! 大きくなって・・・・・・・・でも、最初見た時は全然分からなかったわ。顔が前髪で見えないから。会話が耳に入って来なかったら、絶対気づかなかったでしょうね」
女性教師は懐かしそうに目を細めてそう言った。結局、女性は影人の疑問にはまだ答えてくれていないが、どうやらやはり、女性教師は影人の事を知っているようだ。
「影人、この人と知り合いかい?」
「いや、申し訳ないけど分からないから、俺は今そう聞いたんだが・・・・・・・・」
暁理にヒソヒソとそう聞かれた影人は、困惑したように言葉を返す。向こうは影人を知っているようだが、申し訳ない事に影人は女性の事を知らない。
「ああ、ごめんなさい。もう随分と前になるから覚えてないわよね」
そんな影人たちの会話を聞いた女性教師は、仕方がないかといった感じで苦笑した。女性教師の言葉を聞くに、どうやら自分は以前にこの女性教師と会った事があるようだ。そして、女性教師が言うように、影人はその事を忘れてしまっているらしい。
「あの、すみません・・・・・・・やっぱり、俺あなたの事を忘れているみたいです」
影人は申し訳なさそうに軽く頭を下げた。そんな影人の反応に、女性教師はまるで気にしていないといった感じで朗らかな笑みを浮かべた。
「謝らないでちょうだい帰城くん。人間はどうしても忘れてしまう生き物だから。ええと、私はあなたが小学3年生の時のクラスの副担任だった、高町春子という者よ」
「あ・・・・・・・・・・・・」
女性教師は自分の名前を影人に伝えた。女性教師のその言葉を聞いた影人は、ついそんな声を漏らす。影人が女性の事を思い出したからだ。そう言えば、自分が3年生の頃、女性の副担任教師がいた。当時は気のいいおばちゃんという感じで、よくクラスの生徒たちに懐かれていた。影人はあまり話したことはなかったと思うが、それでも記憶には残っていた。
ただ、影人が春子の事を思い出したのは、春子の名前を聞いたからではない。春子が言った「小学3年生の時のクラスの副担任」という箇所で、影人は春子の事を思い出したのだ。
「・・・・・・・・・・あの時の副担任の方でしたか。思い出しました、お久しぶりです。忘れてしまっていた事、もう1度お詫びします。本当にすみませんでした」
「だからいいのよ、本当に気にしないで。ふふっ、律義なところは変わっていないのね」
再び謝罪をしてきた影人に、春子は笑いながらそう言った。別段、影人は昔も今も自分の事を律義だと思った事はないが、どうやら春子はそう思っているようだった。




