第519話 歌姫オンステージ1(5)
「知ってますよ。お言葉通り、楽しませてもらいます」
影人は女性に軽く手を振ってその場を後にした。
「で、どこから回るのさ影人。入り口でパンフレットもらったけど、けっこう色々あるよ」
フランクフルトを齧りながら、暁理がそんな事を聞いてくる。暁理が言うように、影人たちは入り口でこの夏祭りのパンフレットをもらったのだが、これを見てみるに、露店やらミニゲームやら展示作品など回れる場所は多い。
「別に適当でいいが・・・・・そうだな、まだ外は暑いから校舎内のやつから回ってみるか」
「オッケー。あ、その前にちょっと飲み物だけ買っていい? 喉渇いてきちゃった」
「ん、分かった」
暁理はそう言って飲み物を売っている露店に向かっていった。その間に、影人は先ほど買ったフランクフルトに齧り付く。美味い。やっぱりフランクフルトにはベチャベチャのケチャップだよなー、と影人はしみじみと思った。
「お、射的があるよ影人。どっちが多く景品を取れるか勝負しようよ」
校舎内に足を踏み入れた2人は、1階の教室に開設されていたミニ射的コーナーを訪れた。射的コーナーは主に小学生たちで賑わっていた。
「ガキかよ・・・・・だがまあ、やってやらん事もない。俺の華麗なる銃捌きを見せてやるぜ」
「言ったね? 吠え面かくなよ」
「お前こそな」
2人は意地の悪い笑みを浮かべ合うと、小学生の後ろに並んだ。
「狙い撃つぜぇ!」
「僕は1発の銃弾だ!」
歳とか関係なく2人ははしゃいでいた。高校生が自分たちよりはしゃいでいる姿を見ていた小学生たちは、若干引いたような表情になっていたが、「まあ、お兄さんたちもはしゃぎたい時はあるよね」と考え、どこか微笑ましい笑みを浮かべていた。全く、これではどちらが歳下かわかったものではない。
「よし、僕の勝ちだ!」
「なっ・・・・・・・! クソッ、俺の負けかよ・・・・」
結局、勝負は暁理の勝ちという事になった。暁理に負けた影人は悔しそうな顔になると、射的用の銃を置いた。
「いやー、悪いね影人。こればっかりは才能、ってやつかな?」
「ちっ、俺はお前と違って小物ばっか狙ってないんだよ。俺はいつだって大物狙いなもんでな」
暁理と影人は係の者から落とした景品を受け取った。勝ち誇ったような顔の暁理に、影人は負け惜しみの言葉を吐くと、射的の教室を出た。
その後も2人は輪投げなど他のミニゲームなどに興じたりしながら、校舎内を回った。そして2人は、3階の生徒たちの粘土や習字の作品が展示されている教室にやって来た。展示教室という少し地味な場所であるため、人は影人たち以外にはこの教室の監督であろう初老の女性教師が1人、教卓のイスに座っているだけだった。
「わー、見てよ影人。習字だよ懐かしい。高校入って、すっかりやらなくなっちゃったもんねー」
「まあな。そういや、俺の作品もこの祭りで飾られてたな。いや、全員分飾られてたから優秀だったとかじゃないけど」
影人がそんな事を呟いた時だった。影人たち以外喋っていなかったという事もあって、その声がよく響いたのだろう。暁理と影人の話を聞いていた、女性教師が少し驚いたように、何かを思い出したように「あ・・・・・・」と声を漏らした。
「もしかして、あなた・・・・・・・・・・・帰城影人くん?」
「え・・・・・・・・・?」
初老の女性教師に突然そう声を掛けられた影人は、驚いたようにその女性教師の顔を見た。
「うわー・・・・・・・・・・・・この光景、何も変わってない。懐かしい・・・・・私、本当に日本にまた来たのね・・・・・・・・・・」
午後2時。影人たちがまだ校舎内のミニゲームに興じていた時間、校門の前にそんな言葉を漏らす1人の少女の姿があった。
オレンジ色に近い金髪をゴムで一括りに纏め、メガネを掛けた少女である。頭には白色のキャップを被り、服装は淡いピンクのTシャツにジーンズといったもので、髪色以外はそれほど目立ったところのない出で立ちだ。実際、周囲の保護者や小学生たちもあまり少女に視線を向けてはいない。現代日本では、別に金髪だろうが外国人だろうが、それほど珍しいものではないからだ。
「っと、いけないいけない。時間は1時間しかないんだから、感慨深くなってる場合じゃないや。よーし、1時間のオフだけど目いっぱい楽しもう♪」
そう言って、その少女――変装したソニア・テレフレアは、夏祭りが行われている小学校へと軽やかに足を踏み入れた。




