第512話 歌姫オンステージ 前日(3)
「この正式決定に当然ではありますが、光導姫と守護者は従わなければなりません。それは新人の皆さんも同じです。ですから、もし皆さんがスプリガンに遭遇するような事があっても、こちらからは決して攻撃しないでくださいね」
孝子は研修生たちを見回してそう釘を刺した。研修生たちも手紙を読んで分かっていた事ではあるが、改めて言葉に出してそう言われると緊張したような顔を浮かべた。それは本当に自分たちも、いつどこでスプリガンと出会うか分からない、といった感覚が現実的になったからだ。
「私が話したかった事は以上です。・・・・・皆さんは今、今までにない状況の中で、光導姫と守護者の活動を行っておられます。気休めにもなりませんが・・・・・・・皆さんも細心の注意を払って、光導姫・守護者の活動を続けてください」
長年に渡って行われてきた光と闇サイドの戦い。そこに突如として現れた、謎の怪人スプリガン。第3者による戦いへの介入。そんな状況は過去には1度もなかったものだ。もちろん、孝子が光導姫として戦っていた時にも。
「それでは、午前の研修を始めましょう。昨日は光導姫の浄化技について話しましたね。では今日は――」
孝子がホワイトボードに文字を書いていく。研修生たちも意識を切り替えて、座学に望んだ。研修生たちは今までにない状況の中、戦場に出なければならないのだ。今朝の手紙や孝子の話で、研修生たちの意識は今まで以上に引き締められていた。
「おはようございます・・・・・って、やっぱり誰もいないよね」
午前10時過ぎ。コンコンとノックをして、扇陣高校の生徒会室に足を踏み入れた風音は、生徒会室に誰もいない事を確認して苦笑した。
「にしても、まるで蒸し風呂ね。暑い暑い・・・・・・・早くクーラーつけないと、熱中症になっちゃいそう」
風音はパタパタと手で自分を扇ぎながら、生徒会室のクーラーのスイッチを押した。途端、クーラーが起動する音を立て始める。部屋の中が冷えるまではまだ多少時間がかかるだろうが、それは仕方がない。風音は生徒会長用の自分の席につくと、鞄からさっき買ったお茶のペットボトルを取り出し、喉を潤した。
「さてと、今日は特に生徒会の仕事もないし、夏休みの宿題やろっと」
風音は同じく鞄から筆箱と紙の束を取り出した。元々、今日は生徒会の仕事はない。だが、風音は午後の研修の講師を務めているので、どちらにせよ学校には来なくてはならない。ならば、早めに学校に行って夏休み中の課題でもやっておこうと思ったのだ。それならば、別に家でやればいいのではないかという話になるが、風音も人間だ。家は色々と誘惑が多いため、あまり課題が片付かない可能性も大いにある。そういった理由もあり、風音は早めの時間から学校に来ていた。
「そう言えば・・・・・・昨日の会議は中々荒れたわね。アイティレのあんな感情的な姿も、かなり珍しかったし」
課題を1時間ほど行い、小休止を挟んでいた風音は、ふと昨日行われた光導会議の事を思い出していた。
結局、昨日の光導会議ではスプリガンを敵としない意見になった。スプリガンを敵と認定する意見であったアイティレは、最後まで難しそうな顔をしていた。まあ、スプリガンを敵と認定しない意見の風音にとっては、その意見でよかったと思えるし、スプリガンに下された最終的なソレイユとラルバ、両神の正式決定意見も、取り敢えずはホッとしたが、風音とは真反対の意見であったアイティレからしてみれば、全く面白くない結果だろう。アイティレの正義観からしてみれば、スプリガンは明確に敵なのだから。
しかし、ソレイユとラルバの正式決定は絶対だ。アイティレも光導姫である以上、その決定には従わなければならない。アイティレも色々と葛藤はあるだろうなと、友人であり戦友でもある風音は思った。




