第51話 情勢(2)
「・・・・・・・・なんとか今回も大丈夫だったな」
テストも全て終えた翌日。一部のテストはもう帰ってきていたが、赤点はなかった。まあ、たぶん他のテストも赤点は取っていないだろう。
担任に弱みを握られるという事案は発生したが、それについては諦めるしかない。本来ならカンニングがバレて夏休みに補習だったのだから、それに比べればましだろう。
「何はともあれ、開放感はやっぱすごいし、今日は適当にふらつくか」
テストが終わった後というのは大体の人間は気分がいいものだ。
なので影人は風洛の帰りに、自分の知らない道を通って適当に散歩しようと思った。自分の住んでいる町の知らない所をふらつくというのは、けっこう楽しいので影人の隠れた趣味の1つなのだが、母親からは「じじいか」と言われてしまった。自分はまだピチピチのティーンエイジャーだというのに、何とも失礼な母親である。
それからどことなく自分の知らない道を歩いていると、住宅街の中に喫茶店が見えた。こんな所に喫茶店があるもんなのかと不思議に思って店名を探してみると、入り口の横にかすれた文字で「しえら」と書かれていた。
「・・・・・・へえ、けっこう良い感じの店だな」
煉瓦造りの少し古めかしい喫茶店に影人は興味を引かれた。
ちょうど喉も渇いたので少し寄っていこうと思い、影人は喫茶店の扉を開いた。
「・・・・・・・いらっしゃい」
影人が中に入ると、店主の女性だろうか、グラスを磨きながら少し暗めの女性がそう出迎えてくれた。
「・・・・・どこでも」
どうやら席は好きに座っていいらしい。まあ、影人以外に客の姿は見当たらないので妥当だろう。
「じゃあ・・・・・」
影人は1人だったのでカウンター席に腰掛けた。そして鞄を地面に置く。
手書きのメニュー表を見て、何を注文しようかと頭を悩ませる。文字は少し丸っぽい感じで可愛らしい。この女性が書いたものなのかと影人はその前髪の下から視線を女性に向けた。
「・・・・・・決まった?」
「は、はい。バナナジュースを1つ」
どうやら影人の視線に気がついたようだ。店主と思われるその女性――影人はまだ名前を知らないが、しえらは磨いていたグラスを置いて作業に取りかかった。
(この人、よく俺の視線に気づいたな・・・・・・)
しえらがミキサーにバナナをかけているのを眺めつつ、影人はそう思った。
影人はその前髪の長さのため、顔の半分は隠れている。そのため目は露出していない。よく妹には「ギャルゲーの主人公か」と馬鹿にされているが、実際そのような見た目だ。
ゆえに影人が誰かを見ていても気づかれるということがほとんどない。まずどこを見ているか他人には分からないからだ。
しかしこの女性は影人の視線に気がついた。客商売ゆえに気配に敏感なのだろうか。
「・・・・・・・はい」
と、影人がそんなことを思っている間にジュースは出来たらしく、氷の入ったグラスに黄色い液体が注がれたものが影人の前に出された。
「・・・・・どうも」
一緒に出されたストローをグラスに突っ込み、影人は喉を潤した。バナナジュース特有の甘さと少しバナナの食感の残った感じが、心地良い。
(うまいな・・・・・・)
心の中で飲んだ感想を呟きつつ、影人はこの静かな時間を堪能する。女性はあまり喋らない人らしく、またグラス磨きに戻っていた。影人も口下手で他人と話すのは好きというほどでもないので、静かにジュースを飲みつつ、図書室で借りた本を読んでいた。
それからしばらくは大人の時間が流れた。まあ、それは影人が勝手に思っただけなのだが、静かな店内で本を読みながら何かを飲むというのは、こうかっこよくないだろうか。飲んでいるものがジュースなので締まらなくはあるのだが。
(・・・・・そろそろお勘定するかな)
読んでいた本に栞を挟み、パタンと閉じる。それを鞄に仕舞い、さて出ようとしたときに、扉が開き新たな客が入って来た。
「・・・・・・いらっしゃい」
「やあ、しえら。今日も綺麗だね」
「・・・・・うるさい。奥の庭なら勝手に――」
「いや、今日はここでいいよ。君とも話したいしね」
その男は――影人はその客に興味が無かったので姿は見ていなかった。それは影人のポリシーの1つなのだが、他人をジロジロと見るのは失礼な気がするからだ。後、単純に他人を見たところで何が起こるわけでもないし。
そのような理由から影人は声とその言動から新たな客を男と認識したのだが、その男は影人から1つ離れたカウンター席に座った。
「・・・・・すいません。お勘定――」
「あれ? 君は――」
影人がそう言おうとしたとき、その男が影人に声を掛けてきた。
影人が不思議に思い、と言うのも影人はその人物の声を聞いたのはおそらく初めてだったからなのだが、隣を振り向く。
「うお・・・・・・!」
そこにいたのは見目麗しい金髪碧眼の男性だった。影人が思わず声を出してしまうほど、その青年はイケてるメンズ。略してイケメンだった。
「君、どこかで僕と会ったことないかい?」
明らかに日本人ではないだろうに、流暢な日本語でその青年は影人に話しかけてきた。
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