第50話 情勢(1)
闇の中、そびえ立つビルの屋上に彼女はいた。
西洋風の黒い喪服のような服装。そして闇に映える白い髪。
しかしてその美しい面は氷のような瞳をたたえた無表情。
一見、死神かと見紛うほどの雰囲気を纏ったその女性は静かに世界を睥睨していた。
「・・・・・・・・・・」
眼下では人々が様々な表情で往来を行き交っている。喜び、悲しみ、怒り、その感情という煌めきが眩しいかのようにレイゼロールは目を細めた。
「・・・・・・・・ふん」
彼女は人間が嫌いだった。人間を心の底から恨んでいた。人間は彼女の大切だった人を2度も奪っていったから。
「・・・・・浄化されたか」
先ほどイタリアでとある人間を闇奴化させた。その人間はよほど暗い感情を抱いていたのか、最初から闇人として成立した。
別段、レイゼロールに残念という気持ちはない。彼女にとって重要なのは、人間を闇に堕とす際に発生する暗い感情のエネルギーなのだから。
現在、レイゼロールはイタリアではなくアメリカ合衆国はニューヨークという都市にいるが、闇人が浄化されたいう事実は世界のどこにいてもレイゼロールには感知できる。それは自分の権能の1つだった。
(我の目的はあと数年で達成できるだろう。だが、今になって不安要素が出現した)
光導姫や守護者ははるか昔から自分にとっての邪魔であり、レイゼロールの目的遂行のためには光導姫や守護者は危険因子だ。しかし、それはソレイユとラルバの抵抗であり、不安要素ではない。
レイゼロールが不安要素と考えているのは、2度も自分の邪魔をした謎の男のことだ。
「・・・・・スプリガン、貴様は一体何者だ?」
この独白をするのは2度目。自分の手駒の中では2番目に強いフェリートに傷を負わせ、退却させた戦闘力。そして自分や闇人が使う闇の力を扱う全てが謎の男。レイゼロールにはスプリガンの目的もその正体も何もかもがわからない。
だが、今のところ明確に分かっているのは、スプリガンは自分の邪魔をする敵だということ。そして、あの2人が危険に陥った時に現れるということだけだ。
「・・・・・・不安要素は排除しなくてはな」
レイゼロールは酷薄な笑みを浮かべると、夜空を見上げた。しかし、その瞳は変わらず氷のよう凍てついていた。
「イタリアの闇人はもう浄化されましたか。さすがは『聖女』ですね・・・・・・・」
暖かな光に包まれた空間、神界でソレイユはそう呟いた。
ソレイユの周囲には、人間世界の地図や様々な情報が書かれたウインドウのようなものが投影されていた。
ソレイユは一応神なので、闇奴が浄化されたかどうかは感知できる。これはソレイユの権能の1つだ。
しかし、実際にこのように情報を視覚化することで情報というものを整理していた。ここは神界なのでソレイユにはこのような芸当は朝飯前だ。
「・・・・・・・今のところ、情勢はこちらが有利ですかね」
顎に手を当て考え込むような素振りでソレイユは現状を確認する。
影人という自分の切り札の所属はまだ自分以外には誰にも知られていない。それは大きなアドバンテージだ。
陽華と明夜もまだ覚醒の兆しは見せてはいないが、夏の研修でパワーアップが見込まれる。
ラルバの管轄する守護者は依然自分の味方。ただ、守護者に関しては少々気になる噂があった。
「レイゼロールの動きも今は普通ですしね・・・・・・・」
陽華と明夜の元にフェリートが現れた時は非常に驚いたし、焦燥の気持ちを抱いたが、それ以外は何も変わったことはない。
今まで通り世界各地で闇奴や闇人が出現し、光導姫がそれらを浄化する。
もう何千年も繰り返してきたことだ。
「・・・・・・・いつかきっとあなたを救って見せます」
それはもう何回、何千回も自分に言い聞かせてきた言葉。しかし、未だにその言葉をソレイユは実行できていない。ソレイユはそんな自分を不甲斐ないといつも考えていた。
「レイゼロール・・・・・・レール」
女神の独白が光に溢れる神界に響いた。




