第48話 風洛高校の愉快な生徒たち(2)
そして翌日の放課後。
影人はカンニングペーパーを作ろうと図書室を訪れていた。
図書室でカンニングペーパーを作ろうとはいい度胸だが、木の葉を隠すなら何とやらだ。
「さて・・・・・・作るか」
ペーパーをどこに隠すのかはまた後で決めるとして、まずは実際にペーパーを作らなければならない。
「紙のサイズは・・・・・これくらいでいいか」
適当なノートから紙を1枚ハサミで切り取り、それを細長く片手ほどのサイズにカットする。出していた筆箱にハサミを直し、影人は鞄から諸々の教科書とノートを取り出した。
とりあえず明日の教科のテストのペーパーから取りかかろうと、影人は教科書やノートの重要そうな単語をできるだけ小さい字で書き込んでいく。
しばらくそうしていると、図書室に新たな来訪者がやって来た。チラリと見たところ、男子生徒である。
男子生徒は影人から少し離れた席に座ると、影人と同じように教科者やらノートやらプリントを鞄から出した。
(ふん・・・・・・お真面目にテスト勉強かい)
心の中でケッと毒づいて影人は、カンニングペーパーを作る作業に戻った。自分はあんな真面目ちゃんとは違う。一世一代の賭けに挑むのだ。
このような思考に陥っていること自体、こいつが救いようのない愚か者の証明なのだが、当の本人はその事に全く気がついていない。だいたい、このような問題は本人が気づいていないことが多い。
その後も明日がテストだからか、図書室には続々と風洛の生徒たちがやって来た。どうでもいいことだが、全員男だ。
男子生徒たちは影人や先ほどの生徒と同じように、テスト勉強を始めた。
いま図書室には影人を含め7人の男子生徒がカリカリと、紙にペンを奔らせている。
(一旦、休憩するか・・・・・)
作業に疲れた影人が何気なく周囲を見渡す。どれ、真面目ちゃんどもの様子でも少し見てやるかと何様俺様バーナーナーの王様甘〇王的な態度のおまけ付きだ。要らねえので返品したい所存である。
手始めに自分の近くに座っているモブっぽい男子生徒Bの手元を見てみる。もちろんガン見するわけではなく、ギンギラギンにさりげなくだ。
(ん? あれは・・・・)
見てみると、男子生徒Bは小さな紙片に何やら細かい文字を書いている。それもできるだけギチギチっぽい感じでだ。
そしてその表情は真剣そのもの。
影人は悟った。偶然にもこのB(面倒なので略した)は自分と同じく挑むつもりなのだと。あの行為に。
(何てことだ・・・・・! こんな近くに俺と同じ勇者がいやがったのか・・・・・!)
思わず影人が驚いたような表情をすると、Bはニヤリと笑みを浮かべた。
(ふっ、気づいたみたいだね。俺は最初から気づいていたけど)
実はメガネを掛けていたBはくいっとメガネを持ち上げる。よくメガネキャラがやるあの仕草だ。どうでもいいがあの仕草だけでなぜあんなに賢そうに見えるのだろうか。謎である。
(同士よ、少しすれば君もわかるはずさ。今ここにいる者たち全員がテスト勉強をしているのではなく、カンニングペーパーを作っているのだと!!)
(ふ、前髪くんも気づき始めたか)
影人の次に図書室に入ってきた男子生徒Aもチラリと影人の様子を窺っていた。
(少し、遅いんじゃないか?)
さらには男子生徒Cも。
(天上の挑戦に挑むのはお前1人ではない)
男子生徒Dも。
(俺たちは7人の愚か者さ。だが、男には人生にはやらねばならない時がある! 倒れるなら前のめりにだ!)
男子生徒Eの熱い思い。
(そう俺たちは仲間だ。1人じゃないとわかっただけで、こんなにも勇気がわいてくる! やってやろうぜみんな!)
男子生徒Fの団結の心が。
影ながら影人に向けられる。
実は既にその事に気がついていた影人以外の6人は、勇者の目覚めを歓迎した。
そして影人も他の6人が自分と同じだとようやく気がつく。
(へぇ・・・・・・この世も捨てたもんじゃねえな)
心の底から高揚してくる。さながら自分たちは7人の侍といったところか。
お前らのような奴らが侍ならば、ちゃっちゃか武士道の答えを見つけてそれを実践したほうが世の為である。武士道とは死ぬことと見つけたり。腹ぁ掻っ捌け。
今や心で繋がった7人のアホどもは、心の中でお互に明日の成功を祈りあった。
(((((((グッドラック。幸運を)))))))
こうして仲間の存在を確認した7人は、メラメラとやる気を出してカンニングペーパーの制作を続けた。
・・・・・・・そのやる気を普通にテスト勉強に当てれば、いいものを。これが若さか・・・・・・絶対に違う。
そして問題のテスト初日。影人は自信を持った足取りで教室に向かっていた。
「・・・・・・完璧だ。さあ、世界の扉を開けるぜ」
ドヤ顔でそう呟きながら、気分はパリコレのモデルの如く影人は颯爽と廊下を歩く。
その無駄に気取った歩き方と影人の見た目のギャップで、廊下に出ていた生徒たちは一様に痛いものを見る目で影人を見た。その目が物語っているのは、果てしなくダサいといった感情だ。
だがそんなことに全く気がついていないパリコレ野郎は、自分の教室に到着すると席に着いた。そして余裕たっぷりに鞄から水筒を出して喉を潤す。
(ふ、無駄なあがきご苦労さん、だな)
少しでも詰め込もうと勉強している生徒たちを見て、影人はクールな笑み(あくまでも自分ではそう思っている)を浮かべた。
(暁理に朝宮や月下、香乃宮どもは間違いなくまともに勉強してやがるだろうが、俺は違う。他の勇者たちと共に俺はやってみせるぜ!)
カンニングペーパーの制作は終えた。影人はそれをカッターシャツの袖の内側に潜ませていた。我ながら完璧である。
「ふっふっふっ・・・・・・」
ついついにやけて笑い声が出てしまうがそれは仕方ない。未知への挑戦というものは得てしてワクワクするものだ。
可哀想なのは影人の前の席の人だ。また後ろの奴がいきなり変な笑い声を上げたものだから、彼は少しびくつきながら勉強に集中しなければならなかった。早く席替えが行われないかと切に願う彼である。
キーンコーンカーンコーン
「はい。みなさん席についてください」
がらがらと教室の戸を開けて、テストを持ったこのクラスの担任ではない教師がやって来た。まあ、それはテストなので当たり前だ。テストの時は大体知らない教師が監督を務めるものである。
「では、5分後に問題を配ります」
黒板に科目名と時間を書いて、その教師はそうアナウンスした。
いよいよ、風洛高校の中間試験が幕を開けようとした。
願わくば7人のバカたちが全員夏休みの補習が確定にならんことを。




