第462話 競えよ乙女、顔合わせ(2)
「でも、キツい事でも死なない為にやってる事なんだから安いものよ。この研修もキツいけど、体力は確実についたし。暗葉も最初に比べれば多少はマシになったしね」
そう呟いて、明夜はチラリと後方を見た。すると自分たちより20メートルほど後ろに暗葉の姿が見えた。今にも死にそうな表情を浮かべているが、何とかギリギリで走り続けている。最初は自分たちとはもっと距離が離れていたので、研修の効果は表れているようだ。
「まあ、正論やな。命あってこそ銭は稼げるし。よっしゃ、しゃあなし頑張るで!」
「その意気よ。って、あの2人もうダッシュ終わってるじゃない。どんだけ速いのよ」
気合いを入れ直す火凛にそう言葉を送りつつ、明夜はスタート地点で息を切らしている陽華と典子を見た。明夜と火凛はまだ9本目なので、あと1本ダッシュが残っている。
「はぁはぁ・・・・・・今日のダッシュは私の勝ちのようですね・・・・・!」
典子が勝ち誇ったような顔――要はドヤ顔――を浮かべ、陽華に向かってそう呟いた。
「うぐ・・・・・き、僅差で勝ったくせに・・・・・・」
典子にドヤ顔を向けられた陽華は、悔しそうな表情で珍しく負け惜しみの言葉を口にした。そんな陽華の負け惜しみを受けた典子は、少し意地の悪い笑みを浮かべこう言った。
「あら、でも勝ちは勝ちですよ。色々と甘いご様子だから、お負けになるのではなくて?」
色々と甘いご様子というのは、研修2日目に陽華がスプリガンは敵ではないという意見を表明した事を言っているのだろう。要するに陽華の考えは甘いと、典子は言っているのだ。オブラートに包んではいるが、要はそれはただの煽り言葉だ。
「ご、ご忠告ありがとう。でも、甘い考えでいいって私は思ってるから大丈夫だよ・・・・! 逆に双調院さんは、色々とカタイね。さすがはお嬢様って感じ」
笑顔ではあるが、明らかに苛立っている感じで陽華はそう言葉を返した。色々とカタイとは、典子がスプリガンに対して強硬な意見を持っている事を揶揄したものだ。先に受けた典子の言葉を利用して、陽華はそう言った。
「わ、私を侮辱しますか・・・・・・! いいでしょう、次からのメニューでも私が全て勝って、あなたの甘さを叩いてさしあげます・・・・・・・!」
「それはこっちのセリフ・・・・・! 次からのメニューは絶対に負けないから! そのかたさ、勝って丸くしてあげる・・・・・・・!」
お互いに顔を寄せ合い、バチバチと視線をぶつけ合う典子と陽華。そんな2人の様子を少し離れていた位置から見ていた、午後の研修の講師である美希と海輝はこんな事を話していた。
「いやー、青春ですね! ライバルに負けたくないという気持ち・・・・・・・・・若いっていいですね!」
「その割にはまあまあ空気は険悪ですけどね・・・・・ですが、お互いに競い合う事は確かにいい事ですね。普通にやっていても力はつきますが、競合相手がいる方が伸びしろは更に上がりますし」
美希がうんうんと何度も頷きながらそう言った。そんな美希の言葉に最初こそ苦笑を浮かべていた海輝だったが、途中からはいつも通りの柔和な笑顔を浮かべていた。




