第46話 理由(4)
「・・・・・・・はあ、ハートフルな一日だった」
放課後、暁理はクタクタになりながら帰路についていた。結局、今日は先生には午後の授業に遅刻したことを怒られるし、それにまさかあの3人が光導姫と守護者だとは思いもよらなかった。もちろん肉体的疲労もあるので、精神的も肉体的にもどちら共に疲労している。
(しかし、世界は狭いなー)
今日あった出来事を思い出し暁理はそんなことを考える。帰り際に陽華と光司を見かけたが、2人とも元気いっぱいそうだった。ええい、奴らの体力は底なしか。
「・・・・・・ま、3人ともアカツキの正体が僕だとは思ってもいないだろうけどね」
一応、風洛高校では自分も多少は知られている。その理由は暁理の格好にある。
暁理は誰にも自分が光導姫と明かすつもりはない。もちろん、ソレイユには知られているが、あの女神はプライバシーを完全に守る信用できる女神なのでそこは心配していない。日本政府に関しても、そのような重大な秘密を公開したりは決してしないだろう。
「はあ、とりあえず帰って泥のように眠ろう・・・・・」
暁理が路地を曲がると、少し先に見知った人物が歩いているのが見えた。暁理は少し嬉しい気持ちになりつつ、その人物のところまで小走りになって走った。
バンと背中を叩きながら笑顔で暁理はそいつに話しかける。
「やあ、影人! いま帰り?」
「いてっ・・・・・・・何だ暁理か。いきなり何だ?」
「何だとは失礼だね。別にいいだろ? 友達なんだから。それより、影人なんか疲れてる? 疲れた顔してるよ」
「うるせえ、お前には関係ないだろ。色々めんどうなことがあったんだよ」
「? ま、いいや。途中まで帰ろ」
気安いやり取りをして、2人は並んで帰る。先ほどまであんなに疲れていたのに、なんだか今は気持ちが軽い暁理だった。
(ああ、やっぱり影人といると楽しいな)
気持ちが高揚しているの感じ、暁理は影人に語りかける。
「ねえ、影人。覚えてる? 僕と君が初めて会った時のこと」
「は? いきなりなんだよ?」
突然の話に影人はその前髪の下の眉をひそめる。だが、暁理は「いいから」と影人の顔を見た。
「とりあえず答えてよ」
「・・・・・・・当たり前だろ。――覚えてるわけねえ」
「・・・・・・・・は?」
その瞬間、暁理の目が絶対零度の温度と化した。
「・・・・・・・影人、それ本気で言ってる? 本気で言ってるのなら、君の可哀想な脳みそのために物理的衝撃を与えて上げるよ?」
「よせ、逆にまたなんか忘れるわ。――覚えてる! 覚えてるから、その拳を引っ込めろ!」
暁理が右の拳を握ったのを確認した影人は慌ててそう言った。友人は思っていたよりも本気だった。
「本当? 本当に覚えてる? 嘘じゃない?」
「嘘じゃねえよ! 雨の日のゲーセンだろ!?」
「・・・・・・・ならいいけど」
ようやく拳を引っ込めた暁理に影人はホッと息を吐いた。
「ったくいきなり何なんだよ・・・・・・・今時暴力ヒロインは流行らねえぜ? ま、お前ヒロインってよりかは男主人公の親友ポジっぽいけどな」
「いきなり何の話? というかレディーに対して失礼だね影人。確かに僕の見てくれは男だけどさ」
影人と同じブレザーにズボンという格好の自分を見て暁理はそのボブの髪を揺らした。
そう早川暁理は女性だ。影人は中学の時から暁理と知り合いだが、その時はずっと男だと思っていた。しかし、風洛高校で再会して影人は暁理が初めて女の子と知ったのだ。その時の驚きといったら、人生で1、2を争うほどだ。それもこれも、暁理の一人称と中性的な顔立ち、その服装が悪い。理由は知らないが、暁理は男の格好を好んでいるのだ。
そういった事を含めて暁理は風洛高校ではちょっとした有名人だった。風洛は女子生徒も望めばズボンの着用が許されているので、暁理は喜んでズボンを履いていた。実際、風洛でズボンを履いている女子生徒は暁理だけである。
ちなみに風洛では暁理以外に友達がいない影人は知るよしもないが、暁理は男子にも女子にも大変人気な人物でもある。
「お前が女だと分かったときはこの世の全てが信じられなくなったな・・・・・・」
「大げさだな影人は。僕はただこっちの格好の方が楽ってだけだよ。それよりも僕としては、一度も君が見せてくれた事のないその前髪の下の顔が見たいんだけどね」
暁理はチラリと横目で影人を見る。影人とはけっこうつき合いがあるが、彼はまだ自分にその素顔を見せてくれたことは一度も無い。そしてその理由も決して教えてくれなかった。
「・・・・・・・そればっかりは無理な相談だな。それよりも暁理、お前ちゃっちゃか帰って早く寝ろよ」
「え? 何で?」
「何でか知らんがお前もだいぶ疲れてるんだろ? 表情には出してねえが、それくらいはわかるぜ。お前とはまあまあつき合いも長いしな」
影人は何とはなしにそんなことを言う。その言葉を聞いた暁理はその目を大きく見開いた。
「ッ・・・・・・・あはは、そんなに長い前髪の下からよく見えてるね」
その優しさが胸に響く。暁理は知っている。ぶっきらぼうでどこかふざけていて見た目の暗いこの少年がとても優しいことを。
(僕が光導姫になったのは、光導姫としてがんばれているのは――)
その理由をこの友人には話せないし、自分は決して話さないだろうが、それでもいい。今はこの時間が何よりも大切だから。
「ほんと、君って奴は・・・・・」
「何だよ」
「別に。ねえ、影人。帰りどこか寄ってこうよ」
「はあ? 別にいいけどよ・・・・・・」
「なら善は急げだ! 走るよ影人!」
「お、おい!? お前今日なんか変だぞ!?」
そう言うと、暁理は影人の手を引いて走り始めた。影人も何が何だかわからないまま走る。本当に今日の暁理はどこか変な気がした。もしかしたらどこか頭でも打ったのだろうか。
「そうだね! でもそれはきっと影人のせいさ!」
「は? お前ちょっと病院行った方が――いて!」
結局、その日影人は一発小突かれた。そして友人といつも通りに過ごした。
補足
ここでいう「ハートフル」は心温まるといったような意味合いではなく、疲れた的なニュアンスの意味合いです。一応、補足でした。




