第448話 帰城穂乃影(2)
「・・・・・・・・・ただいま」
自宅であるマンションの一室に帰ってきた穂乃影は帰宅時の言葉を半ば機械的に呟きながら、リビングへと向かった。別に人がいようがいまいが、あまり関係はない。こういう言葉はもはや習慣だからだ。
「・・・・・・・・ん? ああ、なんだお前か。制服姿って事は学校でも行ってたのか。夏休みだってのに、ご苦労なこったな」
「・・・・・・・別にいいでしょ。私はあなたと違って色々と忙しいの」
リビングには1人の少年がいた。ダサい半袖に黒色の半パン姿の前髪が異様に長い少年だ。その前髪のせいで顔の上半分が全く見えない。その少年は、穂乃影の兄である帰城影人だった。
「ま、そりゃそうだ。ああ、あと妹よ。俺はもうちょいしたら嬢ちゃんのとこ行くから。なんか買い物に付き合ってほしいとかなんとかでな・・・・・・・・ったく、俺だってこう見えて色々と忙しいってのに」
影人が軽くボヤく。影人の言葉を、冷蔵庫から取り出した麦茶をコップに注ぎながら聞いていた穂乃影は、どうでもよさそうに言葉を返した。
「あなたが忙しそうには到底見えないけど。というか、結局行くんでしょ。ロリコン野朗」
「誰がロリコン野朗だ。平然と侮蔑の言葉を投げつけてくるな。そもそも、俺はだな――」
穂乃影のナチュラルな侮蔑の言葉を影人は即座に否定した。言い訳を続けようとする影人に、お茶を飲み干した穂乃影は先ほどと変わらない声のトーンで言葉を紡ぐ。
「冗談。まあ9割くらいは思ってるけど」
「人はそれを本気と呼ぶんだよ・・・・・・・」
穂乃影がテーブルのイスに掛けてスマホを取り出した。影人はテレビの前に座っているので、穂乃影とは少し距離が離れていた。
「・・・・・・・・・・・そう言えば、朝宮陽華さんって人知ってる? 風洛で、あなたと同じ2年のすっごい明るい女子の人」
「朝宮・・・・・・・? そりゃ一応知ってるが・・・・・・風洛の名物コンビの1人だからな。いま風洛にいる奴は誰でも知ってるよ。つーか、何でお前があいつのこと知ってるんだ?」
まさか自分の妹の口からその名前を聞く事になるとは思ってもいなかった影人は、訝しげな表情で穂乃影にそう質問を返した。
「ふーん、知ってるんだ。意外、あなたは知らないと思ってたから。別に私がその人のこと知ってるのは、今日その人と話したから。落とし物を拾ってもらって、少し話しただけ」
「あいつと話したって・・・・・・・・・どこでだよ」
「・・・・・・私の学校の近く。道を歩いてたら、落とし物拾ってもらって声を掛けられた」
穂乃影は影人の問いかけに少し嘘をついた。本当は陽華が穂乃影と出会ったのは扇陣高校の敷地内だ。だが、影人と同じ風洛高校の生徒である陽華が、他校である扇陣高校の敷地内にいるというのはおかしな話だ。その辺りの事を影人に聞かれて、適当なことを言うのも面倒だったので、穂乃影は嘘をついたというわけである。




