第446話 ある少女との出会い(6)
(あ・・・・・・・あの人、確か聖女様の講演の時に私の隣に座ってた人だ)
陽華はすぐに彼女の事を思い出した。というのも、彼女のことは印象に残っていたからだ。
ファレルナの心打たれる講演で、乾いたような空虚な拍手をしていた少女。陽華の記憶には、あの軽い拍手の音が今でも残っていた。
陽華が半ば無意識にその少女を見つめていると、少女の鞄から何かが落ちた。だが、少女は気が付いていないらしくそのまま歩き続ける。
「あ、あのっ!」
陽華はハッとすると、少女が落とした物――どうやら髪留めのようだ。かなり古い――を拾い、その少女に声を掛けた。
「はい・・・・・・? 私に何か・・・・・・・?」
陽華に声を掛けられた少女は、陽華の方に振り返ると首を傾げそう言った。
「これ落とされましたよ!」
陽華は手に持っていた髪留めを少女に見せた。髪留めを見た少女は、「え、嘘? 落とした・・・・?」と慌てたように呟くと、自分の鞄を確認した。
「あ、すいません・・・・・・やっぱり落としてたみたいです。拾っていただいて、ありがとうございます」
「いえ全然! この髪留め大切な物みたいですし、気付けてよかったです!」
お礼の言葉を述べる少女に、陽華は笑顔で首を振った。陽華のその言葉を聞いた少女は、不思議そうにこんな事を聞いてきた。
「あの・・・・・・・・何でこの髪留めが大切な物だって分かられたんですか?」
「それは分かりますよ。だってその髪留め、かなり古そうですもん。そんな髪留めをずっと持たれて使われてるって事は、大切な物に決まってます」
陽華のその答えを聞いた少女は、「確かに・・・・・言われてみれば、その通りですね」とくすりと笑った。
「10年くらい前の古いおもちゃみたいな髪留めなんですけど、お言葉の通りこれは大切な物なんです。だから、改めて拾ってもらって、ありがとうございます」
そう言って頭を下げた少女に、陽華は「いや当然の事しただけですから! 顔を上げてくださいっ!」と慌てた様子になった。
「その、あなたも光導姫ですよね? 前に聖女様の講演の席にいられましたし・・・・・・・・あ、だからどうこうって話じゃないんですけど! その私は、あなたの横に座ってたから、覚えてて・・・・!」
陽華はついそんな話をしてしまった。少女の事が気になっていたとはいえ、ほとんど初対面でこれは踏み込み過ぎだ。陽華は慌ててそう言葉を付け加えた。
「ああ、あの時の・・・・・・・思い出しました、確か風洛高校の制服を着ていた方ですよね? そう言えば、そのジャージも風洛のものですし」
「あ、風洛高校のこと知ってるんですか?」
少女に自分の高校の名前を言い当てられた陽華は、少し驚いたようにそう聞き返した。
「はい。兄が通っていますから。そう言えば、この時期にジャージで他校の光導姫の人となると、研修ですか? 大変ですよね」
「そうなんですよー! ちょうど今日から研修が始まって・・・・・・というか、お兄さん風洛なんですね。何年生なんですか? もしかしたら知ってるかも!」
「2年です。でも、知らないと思いますよ。兄は孤独が好きで、他人にあまり関わろうとはしない人間ですから。たぶん学校では基本的にボッチです」
「同じ学年だ! ああ、確かにそういう人だと知らないかもです。同じクラスにそういう人はいなかったと思うから、たぶん違うクラスだとは思いますけど・・・・・・・」
少女と会話が弾んでいると、陽華のスマホが鳴った。見てみると、明夜からのメッセージだった。「ちょっと遅くない? もしかしてお腹壊した?」といったメッセージに、陽華はそう言えば明夜たちを待たせていた事を思い出した。
「あ、ごめんなさい。私、もう行かなくちゃ! あと今更になりますが、私朝宮陽華って言います! ええと、本当に良かったら何ですけど、あなたのお名前を教えてくれませんか? 他意とかはないんです! ただ、気になって」
明夜に「壊してないよ! すぐ行くから!」とメッセージを送った陽華は、最後に少女にそんな事を質問した。
「私の名前ですか・・・・・・?」
少女は少し逡巡するような仕草をすると、「・・・・・別に大丈夫か」と呟き、陽華に自分の名を告げた。
「――穂乃影。私の名前は、帰城穂乃影と言います」
そう言って、その少女――帰城影人の妹、帰城穂乃影は口角を少し上げて笑みを浮かべた。




